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2010年1月16日 (土)

忘れない!1.17

Jishin_2  仕事から帰り、ボケーッとテレビを見ていた。
8チャンネルで、阪神淡路大震災のドラマをしていた。

見入ってしまった。
チャラけた感のない、よく出来たドラマだった。
ドラマではない・・・ほぼ「現実」だった。

15年前、私は京都にいた。グースカ寝ていたら電話が
かかってきた。姫路のオカンからだった。

「アンタ、何寝てんねん!」「今日休みやがな!」
「テレビ見てみぃ!」「何やねん!」

倒れた阪神高速が映っていた。なんのこっちゃ分からなかった。
「!?」それが神戸だと気づくのに時間はかからなかった。

中国に留学していた同級生が緊急帰国した。神戸の男だ。
そいつの到着を待ってから、家に帰ることにした。幸い、
オフロードバイクに乗っていたので、神戸の街中にも入れた。

芦屋の街は、スラム街のようになっていた。燃えていた。
東灘は、それどころではなかった。泣き叫ぶ声が夜の街に
響いていた。どうしようもない感情がこみ上げた。

三宮の街に出た。点滅信号がボーッと点滅していた。
それ以外は真っ暗。潰れたデパート、駅ホーム・・・。
涙しか出なかった。ヘルメットを脱いで「なんじゃこれ!」と
叫ぶしかなかった。

幸いかな、実家はひび割れしたものの、特に損傷はなかった。
親戚の無事も確認出来たし、友人の両親も健在でホッとした。
東灘の後輩の安否を探すため、東灘の公民館をまわった。
名簿には無かったが、後日無事だと分かった。

ドラマを見ながら、あの時の光景が蘇った。といっても、私は
直接の被災者ではないのでえらそうなことは言えない。横で雑誌を
呼んでいるオカンに悟られないよう、こっそり泣いていた。


今ではまるで何も無かったかのような神戸の街。
三宮の歩道橋では、行き交う人の前で唄っている若者がいる。

忘れないでほしい。この場所は、その当時真っ暗だったこと。
絶望の黄色い点滅信号だけが灯っていたということを。
多くの人が亡くなって、絶望が街に過ぎったことを。


当時の新聞をいまだに捨てられず、保管している。
改めて見返した。絶望の中に希望の光を探していたあの頃。

小さなことで悩んでいる自分がとても小さく思えた。

忘れないでおこう、あの夜見た光景を。

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