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2008年12月31日 (水)

2008年「まいにちのうた」総括

これほどまでに人生がコロっと変わるとは・・・。実際味わってみると、本当にめまぐるしく時間が流れていった。あっという間の1年であった気がする。

現在起こっている、派遣社員の雇用問題、就職氷河期の再来・・・今年の春に、私は存分に味わった。36歳の資格なしの男に、世間は冷たかった。

幸いかな、転職出来たものの、慣れない仕事に体と心を蝕まれる。前職も厳しかったが、現職も精神的に厳しい。正直、2回辞表を書いた。なんとか踏みとどまったのだが、やはり転職ってものの難しさを痛感する結果となった。

しかし、そんな中でもいろんないいこともあった。

それは「人との出会い」であった。新しくフィールドとなった大阪でのライブ活動。まだまだ知名度もなく、集客もままならないが、着実に交友関係は深まっている。多くのミュージシャンと知り合い、刺激を受けた。まだまだ技術的にも歌唱的にも力不足ではあるが、もっともっとの向上心は物凄いものがあった。今までのように「ライブやめます」って、ヘタレのミサハマさんはいなくなった。

今年も月1本程度、ライブをした。滋賀・八日市「太子ホール」から始まった今年のライブ。終わったのは大阪・千日前「かつおの遊び場」。滋賀に始まり、大阪で終わった。私の今年の住環境を繁栄している、ライブ場所の変遷となった。

4月までのニート生活で、学んだことも多かった。

本当の自由ってのは、あり余った時間の中にはないと知った。厳しい現実の中にある、ごくわずかな隙間こそが、本当の「自由」であった。それを無駄なく使えるかどうかである。ただただ消費するだけの生活では、精神的には成長出来なかった。そういう意味では、4月までのニート生活はためにならなかったかも知れない。

4月よりこっち、確実に自由は少なくなった。

しかし、日曜日・祝日・盆・正月といった、カレンダー通りの自由が手に入った。

それにより、またまた行動範囲が広がりそうである。ライブだけでなく、旅行にも行きやすくなった気がする。

2008年の年度目標が「とにかくやってみる」

いろんなことをやってみた。失敗が大半であったが、それなりにいいこともあった。

2009年の年度目標が「アタック2009」

今年もまた、いろんなことに挑戦してみたい。年末までに、再度あの「木村三郎」さんと対バン出来るよう、努力したいものだ。

まもなく訪れる2009年。どんな年になるのか全く見えない。先行きは深い霧である。霧の中、いろんなものを見通せる力をつけたいものである。

皆様の2008年はいかがでしたか?また聞かせて下さいね(ラジオのDJみたい♪)

最後になりますが・・・

今年もこの「まいにちのうた」・・・毎日100人程の皆様にご覧頂きました。本当につたなく、ヘコんでばかりの日記でしたが、見て頂きまして本当にありがとうございました。また、コメントを寄せて頂きました皆様、感謝いたします。

来年も、出来るだけ楽しい日記になるよう奮闘します。

Mandanp 来年も見て下さいね。

「まいにちのうた」

お便り、Eメールも待ってます。

今年1年間

ありがとうございました!!

ミサイル濱野

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2008年12月30日 (火)

2008年総括③ 転職

2月頃から就活をする。半端な気持ちで受けたら全く相手にしてもらえなかった。内定を何社か頂くも、いまひとつピンと来ず辞退した。

今の会社。
面接が熱かった。

入ったら入ったで大変だった。夏には神経性胃炎や不眠症にもなった。

しかし、熱い仲間がいた。
何年お世話になるかは解らない。来年クビになる可能性もかなり高い。

でも、自分の選択。
やるだけやって、あかんかったら、それまでよ。

なんやかんやで8ヶ月。
よく頑張った、というより、よくクビにならんかったことだ。

今日から正月休み。

ワンドロップに飛び入りライブを見に行った。
再会、出会い。

やはり、出会いは大切!
今日もまた、この「まいにちのうた」が繋いだ出会い。

転職も、新たな出会い。

感謝である。

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2008年12月29日 (月)

2008年総括② 18年ぶりの姫路

2月から本格的に就職活動を始めた。仕事はなんでもよかった。とにかく「土日が休める」普通の生活に憧れた。暦通りに休むってことの大切さを、13年のスーパー生活で認識したのであった。

今まで「ほかす」立場やったので、今度は「もったいない」の心を持てる仕事をしてみようか・・・そう思ってとある会社を受けた。幸いかな、受かった。もちろん、いろんな葛藤があった。何よりの葛藤は・・・

京都を離れる

それだった。18年間京都近辺に住んで、京都って街が自分の故郷のように思えていたからだ。姫路より京都のほうが道にも明るい。知り合いも京都や滋賀の方が多い。そんな街を捨てて、姫路に帰るのが賢明なのかどうなのか・・・迷った。今でもその選択が正しかったのか間違いなのかは分からない。正直、今でも京都に戻りたいって気持ちには変わりない。

いざ、姫路に帰ってみると・・・帰ってみても・・・

大阪で変わらずライブしている。京都に遊びに行っている。滋賀にも行っている。

そう、結局「やろう!」と思えば何でも出来るってことだ。姫路から京都まで、新快速で1時間30分、大阪なら1時間。伏見から淀屋橋までも40分・・・そないに変わらない(電車代は2倍以上だが)。

そう、姫路であろうが京都であろうが「ライブする」って意識があればどこでも行けるものだ。幸いかな、新幹線も走っている。さほどライブ活動自体に支障はなかった。確かにちょこちょこライブを見に行く機会は減ったかも知れない。しかし、それだけに1回のライブに対する意識は変わった(見る時も演る時も)。

仕事は想像以上に大変である。正直「失敗したかな?」と思うこともある。

しかし、そんな中にいるからこそいい音楽活動が出来るのかも知れない。

私の第2の故郷は、京都である。それは間違いない事実。なんやかんやで月に1回は行っている京都。これからもずっと、京都に触れていくだろう。

姫路に帰っても、姫路に染まろうとしない私・・・それもまた、私である。

なんのこっちゃ!?

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2008年12月28日 (日)

2008年総括① 多くの出会い@大阪

昨年11月、13年間働いた職場を辞めることにした。それなりの役職につき、年収もそれなりになっていただけに、猛烈な反対を内外から頂いた。しかし、理不尽と自分の人生スタイルにウソはつけなかった。それに、実家のことが気になっていたこともそうである。

11月から2ヶ月、ひたすらニート生活。ライブを見まくり、ギター弾きまくり、そしてギターのリペアを学ぶため、多くのギターを手に入れ、師匠のところに足げに通った。

年が明けて2008年、ギターとにらめっこの生活は変わらない。退職金等の蓄えもじょじょに減ってきて、生活が少しだけ窮屈にはなっていたが、やはり時間の自由ってものは多くあった。その時間の多くはライブ観戦に費やした。

大阪のライブステージに多く通うこととなった。谷町、千日前、心斎橋・・・いろいろ行くうちにいろんな出会いがあった。

1972年生まれのミュージシャンと多く出会った。ふらっと立ち寄ったところに何故かその出会いはあった。彼らのライブを見るうちに、自身もっと頑張らねば・・・そう思うようになった。働きもせず、だらだら生きている自分が何故か恥ずかしくもなった。

そんな彼らとは、夏に合同でライブをするまでになった。彼らとの出会いが、かなりいい刺激となり、ライブ活動に多く影響を受けた。1972年生まれの同志との出会いが、今年のベストバウトに輝いたといっても過言ではない。

ギター屋を目指してYAMAHAのギターを直したり、サドルナットの製作をしたりと、いろんな技術を学んでいた。しかし、経験のなさと音楽学の欠如に疑問を持ち始めた。好みの音を表現出来ない・・・それにはやはり、もっと音楽を聴いていかないといけないと思った。無論、いまでもリペアはこつこつしている。もっとギターの音に精通したあかつきには、ギターのリペアを大々的にしたいな、と思った。

就職活動を始めたのは、そんな冬の終わり。

今では、仕事に追われる毎日が再び始まっており、なかなか72年会のメンバーと再会出来ないのだが、お互いに切磋琢磨していき、来年また72年会でライブをしたいと思う。

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2008年12月27日 (土)

カタパルト

仕事をある程度で切り上げ、姫路駅へ直行。

ライブ観戦のため、大阪へ向かう。汚れた作業着のまま、ライブ会場へ向かう。盛り上がる会場、和気藹々の中、席に着く。

ワイワイガヤガヤ。
何もかも忘れられるひと時。

これだ。
毎日に欠けているのはこれだ。

音楽と笑いに満たされた私を、快速電車は運んでゆく。

暑いのは、走ったせいだけではないはずだ。

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2008年12月26日 (金)

歌のヒント

今日は遠く、羽曳野行脚。目的地まではなかなか遠い。

歌を作っていた。
鼻唄でフフンフーン♪

大阪をテーマにした曲。
憧れの地から、修練の地となった大阪。いろんな出会いをくれた大阪。

そんな大阪を唄いたくなった。

兵庫で生まれ育ち
京都に大きくしてもらい
滋賀でスタートした

そして大阪であたふたして

兵庫に戻っている

音楽的に転機を迎えたのはやはり大阪。
転機を与えてくれはったのは、やはり「木村三郎」さん。

遠く姿は見えないが、遅れないよう後を追いたい。

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2008年12月25日 (木)

裏舞台

朝からケーキの入荷数をチェック。お客様の予約票と照らし合わせる。「やばい、○○レンジャー2コ足りひん。」隣の店に助けを請う。

シャンメリーとスパークリングワインの本数を確認する。うーん、微妙・・・夕方までもつかなぁ。定番で発注しといて、とパートさんに指示「主任、バックにまだあるで。」の声。

鏡餅の3回目が入荷している。えらいこっちゃ、バックルームがパンクしている。「ブーツを平台に乗せてしもて、鏡餅を山のように積んでしまお。」と部下に指示。もちろん、サトウの鏡餅(小餅入り)中をメインに積む。お飾り昆布も忘れずに♪

定番発注・・・とにかく、炭酸飲料はがっつり発注してもらう。生クリームとバターも今日切れるつもりで発注してや~と大声で叫ぶ。牛乳は足りるだろう。

昼からブーツを見切らないと。とっとと売り飛ばしてしまおう。

おっと、手土産コーナーの整理もしないと。けっこう早くから出ている。やっぱ1000円ラインは強いなぁ。こんな時に海苔ギフトは売れないぜ。こんなんなんで品揃えさせるんやろ~と、ブツブツ言いながら並べる。

「主任、シャンメリーやばいわ。」「アピアでもろてくるわ。」

「主任、バターもやばいわ。」「ガモ平余ってるらしいし、奪ってくるわ。」

朝からバッタバタで、あっという間に12時がくる。納豆の発注を飛ばし、電話する。なんとか事なきを得る。2便が来たので、陳列。スポンジケーキ台は絶対余るな・・・。

午後2時、遅めの昼ご飯。部長が来て、鏡餅売場の指摘・・・あ~あ。

夕方より、鏡餅を必死で並べる。得意の「3m陳列」。最上段は取れないくらいだ。しかし、ボリュームは出た。これがオレの売場だ!!オレはこれだけで主任になったんや、とアルバイトに笑いながら言う。

売場を「迎春」に変える。市松模様の幕をプロモに張る。棚替えの準備に入る。めんどくさいなぁ~、しんどいなぁ~。

午後10時、「よし、テンイチ行こか?」とバイト君たちと車に乗る。

・・・・・

・・・・・

こんな年末を13年間過ごしてきた。上記は八幡上田の一例(かなりリアル)。

辞めてから1年と少し。

やはり前職の方がバリバリ働けそうだ。人生の表舞台であった。

しかし、私は新たな道に進んだ。怒られる毎日、勝手の分からない毎日。どうしたらいいのか、判断が出来ない日々が続く。悩んで、苦しんで、毎日仕事の夢で2回は起こされる。毎朝胃が痛い。胃酸を吐く毎日。

それでも、明るい人たちに支えられて生きている。死にたいとは思わない。死体の役かも知れないが、必死で演じ、主役になろうと頑張っている。

やりたいことがあるから。やり残したこともあるから。もう一度、表舞台に立ちたいから。

華やかな表舞台の裏側で、何があったのか分からない。引退してから、何があったのかも分からない。彼女なりに苦しんだんだろう。思い悩んだんだろう。私には分からないくらいの苦しみが、彼女にはあったんだろう。

病気なのか自殺なのか分からない。

でも、1人で悩む前に、誰か相談する人はいなかったんだろうか?

そこまで行くと、相談も出来ないようになるんだろうか?

飯島愛さん、ちょっと早すぎるな。同い年やし、お世話になったし。

人には、他人からは見えない「裏舞台」てのがあるんだろう。表舞台には、その裏舞台を隠して出ることも多いのかも知れない。

けど、万一自殺だったとしたら・・・

それは、いけないことだ。

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2008年12月24日 (水)

ホールサイズで食べないクリスマス

昨年の日記、一昨年の日記を見ても、毎度お馴染みの光景・・・

ケーキまるごとホール食い

クリスマス前後のイベントとなっていた。そのおかげで、私は立派なお腹になりました。

毎年ケーキの拡販ノルマがあって、1日1個食べないとおっつかないという事情があったためである。しかし、今年は全くその心配が無い環境である。

しかし、ないとまた寂しさすら感じるもんであって、ケーキがないとやっぱりクリスマスが始まらないって感じがした。会社の帰り道にある「不二家」でショートケーキやチーズケーキを買って、オカンと2人で食べた。

なんて健全なクリスマスですこと・・・ホホホ。

まぁ、彼女のいないクリスマスには慣れているから寂しくなんか・・・ないし、ケーキをなまら食べなくて・・・いいし、自分にプレゼントさえ買ってれば楽しい・・・し。

虚しくも聞こえるこの強がり・・・

まぁ、こんな感じで今年のクリスマスも終わろうとしている。明日は本番だが、どうも拍子抜けである。24日の方が盛り上がるのはなんでだろ?イブやのに・・・。

来年は、どんなシチュエーションでこの日記を見返すんやろな・・・来年の楽しみでもあります~♪

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2008年12月21日 (日)

ひたすら寝る

ひたすら寝ました。

パワー回復には、やはり寝るに限る。

しかし、寝ているとやるべきことが出来なくなることもある。時間は寝てようが、動いてようが同じスピードで進んでいく。

あれもやりたい、これもやりたい・・・そう思いながらも寝てました。

疲れてたんやなぁ~って思いました。けっこう眠れない1週間やったもんで。

さぁ、年末だ。またバタバタの1週間が始まる。しかし・・・

あさっても休み♪気分的にラクだ。

明日の夜から、またゴソゴソ動くとしよう。

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2008年12月20日 (土)

やはり年末は慌ただしい

今週はなかなか日記をかけなかった。mixiとかけもちしてるってのもあるが、毎晩22時をまわっての帰宅では、やはり両立は難しい・・・。

やっとこさの土曜日。とっとと仕事切り上げて、草津の仲間とメシでも行こうと画策していたが、山のような書類に敗れ、断念する結果となった。ちっくしょう・・・。いろいろと顧客が増えると、見積もりだの証明だの、ありがたいことに仕事は増える。決して嫌ではない。むしろ有難いのだが、一気にくるとそれはそれでけっこう大変なものである。

午後9時・・・やっと1週間が終わった。

今週は長かった。いろんな意味で長かった。

いいこともあった。悪いこともあった。嬉しいこともあれば悔しいこともあった。

タさきフみえというミュージシャンがいる。彼女の歌に「プラスとマイナス」って歌がある。人生なんやかんやでチャラになるって歌。大好きな歌である。いいことも悪いことも、最後は全部チャラで終わる・・・やからそんなに考え込まなくてもええやん♪って感じだ。確かにそう。いいことばっかりではないが、悪いことばっかりでもない人生。

それでも体力は確実に奪われている。眠れない夜もあった。毎朝起きて、原因不明の吐き気に襲われる。確実にこの生活は体を蝕んでいる。

かといって、帰ってすぐ寝るって生活もどうだろう。趣味が人生の肝心の私が、仕事と寝るだけの生活になってしまったら、それこそ「死に体」である。生きるミイラになるくらいなら、やるだけやって後悔なく死にたい。

あと1週間は大変な毎日が続く「まいにちのうた」

そろそろ来年の目標も掲げなくてはいけないし、今年の反省もしなくてはいけない。去年の今頃は何してたんやろ・・・と思うと、この「まいにちのうた」はけっこうリアルに毎日を綴っているため重宝するものだ。一昨年まで遡って見ることも出来る。役に立つもんだ♪

一昨年はスーパーで正月商戦

昨年はのんびりニート生活

今年はバタバタと営業活動

来年はどうなっているのだろうか?今年と同じくバタバタ営業しているのか、クビになって就活しているのか、またまた京都に住んでいるのか、ひょっとして結婚してたりして!?いやいや、死んで日記が途切れているかも・・・。

来年の自分に、日記を書いてみるのもおもろいかも~♪

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2008年12月19日 (金)

褒められるってこと

私は基本・・・

褒められるのが苦手だ。ひねくれているだけかも知れないけど、自分では褒められるほどのことをなーんもしてないと思うからだ。

仕事は半人前どころか素人に毛が生えたくらい。

ギターも半人前どころか素人に毛が生えたくらい。

ただ、一生懸命やっているってことは間違いない。仕事も、ライブも。一生懸命しないと、がっかりするのは他でもない「お客様」だからだ。

しかし、「これだけやりましたよっ!!」って自信を持って誇れる結果は、4月以降皆無だ。

前職では、いもけんぴ販売全店1位、桜餅販売全店1位、抹茶ケーキ販売全店1位・・・って、自信を持って誇れる結果を出していた。それが自分自身の仕事の自信となり、上に上がっていけたのだと思う。

しかし、今の仕事で何が「やりましたよ!」って誇れるだろうか?「やってしまいました。」というのは多いのだが・・・。

「ポジティブに行こう!!」と思う自分と

「あかんやん、やっぱり・・」って思う自分

そのせめぎ合いが、今日も繰り広げられた。結果は5R TKO、あかんやんの勝利!!

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2008年12月16日 (火)

年末を感じる

毎日バタバタだ。

年末やなぁ〜って感じがする。しかし、スーパーの年末ほど慌ただしくはない。

昨年の今頃は、毎日ギター修理。とある家の駐車場作りを手伝いながらのライブ観戦三昧。だらだらの毎日やった。

まぁ、昨年遊びまくったツケかなぁ〜(笑)
明日もバタバタだわ。

やれやれ。
明日もまた、やりますか。

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2008年12月14日 (日)

神戸北野は異人感!?

昨晩、神戸の街を久々に歩いていた。

忘年会シーズンもあろうが、とにかく人が多い。やたら元気な若い衆、スーツ姿のサラリーマン、ロングブーツもウジャウジャいて、それはそれでいい光景である。やはり、大阪とは微妙に違うお姉さんの姿に舌鼓を打ちながら、テクテクでかいギターケースを背負った私は北野坂に向かって歩いていた。

地図を見ながら(ナビタイム)歩いていると、ホテル街に入った。ちょうどルミナリエのシーズンってこともあり、どんどん吸い込まれる人々。中にはけっこういいお歳の方もおられ、目線が合うと気まずかった。そんなラブホの横にある、少し雰囲気の違った店に入る。

神戸・北野「ハッピーローラ」

本日は「加納町フォークジャンボリー」ということで、飛び入りOKのイベントだった。初めての会場に入るときは、やはり緊張するものである。一瞬「どうしよ・・・やめとこかな?」とか思いが過ぎるが、その前に手が扉を押していた。

以前大阪で知り合った「路生」さんがいてはって、少しホッとした。しかし、後はだーれも知らない面々。幸いかな、mixiで書き込みしたのを知っておられた主催のkazunさんと話が出来て、少し落ち着いた。

神戸のライブはどんなんかな・・・と思いながら、お馴染みチーズクラッカーをつまむ。詩吟・アカペラ・・・なかなか個性的な人が出るんやな、と思いながら出番を待つ。

出番だ。ラインに線を繋いで短編落語をば。枕の部分を1人芝居にする手法を取り入れた私。ルミナリエに向かう旦那さんと番頭さんの話をしていると・・・

「木村三郎や・・・!!」とヒソヒソ声が聞こえる。

Kimura2 そりゃそうです。

落語混じりのフラフラした私の芸風に、稲妻の如く現れたのが「木村三郎」氏。猛烈に影響を受けている。

この神戸の地でも、その名を轟かす木村さん。

木村さんのミュージシャンに与える印象ってものの大きさを、改めて感じることとなった。

私にはそんな器用なことは出来ないが、自分の持ち味(芸?)にうまく取り入れて、マネから始めていこうと現在も模索している。

京都に木村三郎あり

神戸にもまた、木村三郎あり

そんな中、私の出番は終了。あたたかいお客様に助けられ、会場の皆様には楽しんで頂けたかと思う。kazunさん、ハッピーローラさん、ありがとうございました。

来年は兵庫県でもライブ活動出来るよう、頑張りましょう。

私の場合、2回目のお客様の印象が大切です。いっつも同じステージになってしまうと、演奏や歌の技量不足が露出する。それを改善すべく、1月はライブお休みです。いろいろなミュージシャンをもっと見て、勉強しようかと思っております。

神戸からの帰り道は、やっぱり近かった。

しかし、兵庫・大阪・京都・滋賀と、どれだけ出来るか分からないが、出来る限り出向いて唄って、笑わせていきたいものである。

さて・・・明日からまた仕事だ。

つまらない現実をバネにして、唄っていきましょう。

兵庫県の皆さん、ハッピーローラでブッキング叶いましたら来てね~♪

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2008年12月12日 (金)

忘年会

昨日は、会社の忘年会でした。

19時半の集合に間に合いませんでした。午後からの作業でいろいろとトラブルがあり、少し遅刻しました。そのせいか、どうもテンションが上がらぬまま終わってしまいました。

他にお客さんがいてはるのでギターは弾けませんし。所詮、ギター無しでは何も出来ない男でございます。静かにお寿司を食べておりました。

今週はいろいろ疲れました。夜はけっこう眠れたのですが・・・。いろいろとハプニングが起こったりなんやで、けっこうバタバタしておりました。バタバタしている割に結果が残せず、焦る毎日。どうも焦るとよけいにうまくいかないようですな♪

あまりいい流れで終わったとは言えないこの1週間。

気持ちを切り替え、来週に向かわねば!!

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2008年12月10日 (水)

派遣斬り

今年4月まで、半年ほど私もニートだった。

仕事もせずに、昼間からウロウロしていた。ハローワークに足げに通った。面接も受けまくって、落ちまくった。「働かないと!!」って不安は、常に頭をよぎっていた。実際は、大型2種免許もあるし、なんとか職にはつける「保険」みたいなものもあったのだが、やはり「無職」ってレッテルを貼られた自分に、見えない劣等感が襲っていた。

今ニュースでいろいろ言われる「派遣切り」。契約社員を解雇するってもんだ。しょせん、企業にとっては「便利やさん」。使い捨てである。解雇されたものはたまったもんじゃない。場合によっては住むところさえ無くなってしまう。そりゃ、大騒ぎや訴訟問題になるわさ。

でも、所詮えらいさんにとっては派遣なんて、便利やにしか思えないのだろう。

前職の人事部の人にこう言われたことがある。

「無理をしないで下さいね。まぁ、無理して倒れても代わりはいくらでもいますから。」

私の前職場に対する意識が変わり始めたきっかけである。そうかい、オレたちゃ使いすてなのかい。君らエリートは現場の人間をそう思っているんやな・・・と。

ソニーだって、同じこと。「おぉ、不況だ・・・人減らそう!!」

アホでも出来る、簡単な経費削減技である。

しょせん、ソニーもそんなもの。ソニーだけじゃない、どこも同じ。

大きくなってしまうと、現場が見えなくなる・・・。大きくなる前に、自分の背丈は考えとかないと。無理して大きくしてしまうと、足元すくわれる結果となるのだから。

人員削減令が出たら、俺は速攻クビやろな・・・。「使えない営業はいらない」って♪

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2008年12月 9日 (火)

年上の後輩

私は36歳で転職した、遅咲きのクレイジーモンキーである。

会社では、もちろんペーペーであるが、歳は意外とくっている。先輩には年下の方が多く、「気をつかわせてるかなぁ・・・。」と思うこともしばしば。

前職でも、やはり年下の先輩はおられた。私のポリシーとしては、年功序列ではなくて「吉本方式」である。そう、入社が早い方が年下であれ「兄さん」「姉さん」なのである。魚屋の年下の先輩にも「兄さん」と呼び、それ相応の話し方をしていた。年齢なんか関係ないのである。会社は、経験の上で上下が決まるのである。

今日、とある電話にて「歳いくつやの?」と聞かれた。それによっては話し方を変えなければとの事であった。「そんな、水くさいこと言わんとって下さいよ~!!」それが私の本心であった。そう、先輩は先輩の姿勢で話して頂ければいいのである。歳が下もへちまも関係ない。先輩は私を「呼び捨て」でいいし「あだ名」で呼ぶのもいいし。「さん」付けだけが一番しんどいものである。

おっさんの転職について、少し考えるいい機会であった。世の中には、年下の人にえらそうに言われるのが嫌な人もいるのだろう。しかし、あえて言うならそれは「傲慢」である。能力に歳は関係ない。

かつて、50歳くらいの部下を持ったことがある。もちろんビシッと上から目線で話した。けっして「・・・して下さい」とは言わず「・・・しといてよ」と言っていた。それが先輩後輩のラインをしっかり作るものだと思っていたから。

おっさんの転職は、ドラクエみたいには行かないものである。

最近、ちょこちょこではあるが職場で「はまちゃん」と呼ばれることが多くなってきた。

なにより嬉しい、まいにちのうたでございます~♪

今日はキレイにオチがついた。。。

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2008年12月 8日 (月)

唄うエコレンジャー

今日もせっせとゴミ集め。ゴミと言っても、宝の山~♪

燃やしてしまえば、ただのゴミ。そんな仕事はしてねぇぞ!!

せっせせっせとリサイクル。クルクルクルクルリサイクル~♪

そうさオイラは、唄う産廃屋さ~ん!!

・・・・・

そんな歌を口ずさみながら、営業車で走っていた。

唄うスーパーマンから、唄うエコレンジャーになって早や8ヶ月。毎日10万円ほかしていた男が、毎日30万円拾う男になっていた。いや~、激変!!

しかし、仕事なんて何でもいい。たまたま私はエコレンジャー。

私の本業は、唄う落語家である。行動費さえ捻出出来れば、それでいい。いかにして人生を楽しむか・・・それだけである。私の場合、それが「歌」だっただけのこと。

昨晩、ライブで「人生は素晴らしい」を唄ってみた。しかし、1番を唄い終わった段階でやめた。やっぱり唄えなかった。1人では唄えなかった。人生は素晴らしいと思っている。しかし、この歌はまだ私にはコーラスしか唄えなかった。

人生いろいろ。しみじみそう思う昨今。

まだまだ、いろんなことが起こりそうな人生。

それ故にしんどいが、楽しいところもある。

「仕事が趣味だと言い切れないが、それなりに楽しんで働いています」今日もなんやかんやで楽しく働けた。明日は分からない。また怒られるかも知れない。

それもまた、人生。

エコレンジャーは、背中に哀しみを背負って、今日も走るのであった。

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土曜と日曜のうた

お久しぶりになりました。木曜日からこっち、なんやかんやで忙しかったり、四国遠征があったりと、業務面も大忙し。おかげで金曜日の夜はフラフラでした。

土曜日・・・休日1日目

自分のミスでお客様と先輩に迷惑をかけた。困り果てた先輩の電話の声に、本当に申し訳がなく、急ぎスーツを着て先方にお詫びに向かう・・・が、お休みだったためお電話を。ひたすら謝るしかない。先輩にも謝らなければ。

スーツ姿で会社に行けば、予想通り「お見合い!?」との声・・・違いますって。

その格好のまま、滋賀に向かう。1件ついでにご挨拶にまわり、直帰という体でライブに向かう。車には万一に備えて、ミサハマチューンの「FGX-180」を積載。

八日市「太子ホール」にて飛び入りライブ。

懐かしい顔、初めましての顔・・・大勢集まっていた。一応、用意してきた相方の歌を唄うつもりが、スーツ姿ってのを利用して、いつもの酔いどれサラリーマン編をかけた。会場はややうけながら、楽しく飛び入り出来た。久しぶりの太子ホールだったので、思いもひとしお、オグシオである。春過ぎには、ここでブッキングライブをしたい。新しいネタをかけて、ひと笑いしてもらいたいものである。

午前2時前まで番頭さんと話し、帰宅・・・の予定が、大津あたりで電池切れ。シート倒してグースカ仮眠。午前4時、帰宅。

日曜日・・・休日2日目。

11時に起床。オカンの用事をする。体が痛い。四国600kmの旅と昨日の滋賀往復がこたえたようだ。合わせて1000kmは走っている。血行不良だな、こりゃ。

会社に少し用事を済ませに向かい、洗車して帰る。ウダウダ準備やリハをしながら、大阪へ向かう。向かう新快速の中、急遽本日のライブでかけるネタを変更する。

千日前「かつおの遊び場」

何故かトリであった。三好クン・かずひろさん・デジャビさんとの4組。若さ溢れる三好クンのギターをうらやましく思った。ブルージーなフレーズがうらやましい。かずひろさんの詞がとても優しく、心に響いた。これぞメッセージって感じ!!デジャビさんはカバーを中心に。アリスはたまらんかった♪

私は新(?)ネタ「サラリーマン哀愁編」いつもの「風俗編」を封印した。このネタも刷新する必要があり、2月まではライブをお休みし、じっくり練ることとした。お客様にかなり助けて頂き、うまく盛り上げられたかと思う。なにより、お客様に楽しんで頂けたかと思うと、感無量である。

じっくり2ヶ月、ネタを仕込み、課題である「集客力」を高めて行きたい。来年度の目標でございます。飛び入りは出ますよ、年内も。宣伝とネットワーク強化も課題です。

かつおの遊び場においで下さったお客様、かつおマスター、ありがとうございました。いい日曜日となりました。

さて、月曜日・・・

またお仕事が始まります。やるっきゃナイト!!

明日の朝は、またブルーなんやろな~

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2008年12月 3日 (水)

睡眠障害物レース

6月頃からこっち・・・

毎晩、仕事の夢で起こされる。

見積もりに追われる、契約に追われる、引き取りに追われる・・・何かに追われていると、必ずといっていいほど、夜中に悪夢で起こされる。精神衛生上よろしくない。

楽しいイメージを思い浮かべてから寝るといいと聞いたのだが、結果は同じ。たいがい夜中2時頃に起こされる。寝汗タップリ、ベタなドラマのワンシーンのように「うぉっ!!」と目が覚めるのだ。

精神衛生上よろしくない。

前職ではこんなことはなかった。ホゲっと仕事していた訳じゃない。追われるより追っかける方が多かった気がする。強気に攻められたってこともある。

今の仕事、私は弱気。常に何かに怯えながらの仕事である。

仕事中は「ミサイル」にはなれない。「濱野景一」そのものである。

ギター握れば、おかしな奴に変身出来るのだが、そうはいかないのが仕事である。

しかし、もっと寝れない人は大勢いる。なんやかんやゆーても4時間以上は毎日グースカ寝ているのである。睡眠障害とは言えないな。ただの弱気である。

今夜もギターを弾く。FG-500。

ギターを弾いている間は、私に戻れる。仕事場では見せない、私そのものに戻れる。私そのものの姿を見れば、きっと彼女出来るんやろけどなぁ~。

おっと、これこそ「被害妄想」。いけないいけない。

今週末は、ミサイル濱野に戻ろう!!

12月7日(日) 大阪・千日前「かつおの遊び場」

ライブやで~!!

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2008年12月 2日 (火)

相方の歌

仕事を早め(20時30分)に切り上げ・・・早いのか!?

帰ってカレーを食べてシャワー浴びて寝る体勢を整えて・・・

ギターの時間の始まり、始まり~♪

「原点に帰る」行き詰ったらそうしている。基本の徹底ではないが、最近少し迷走し始めた自分の歌を見つめなおすいい機会である。いろんなことに手を出し過ぎ、結果何が表現したいんか分からなくなっている気がする。御世話になっている大阪・谷町9丁目「ワンドロップ」のマスターに、有難いことに指摘頂いたところである。

原点・・・30歳過ぎの頃

滋賀県の誰も降りないような駅で唄い始めた。めっちゃ寒かった。ギターの弦が切れまくった記憶がある。

Amばっかりの歌。遠くで女子高生が笑っていた。

しかし、楽しかった。なにしろ、熱い気持ちがあった。「路上で唄う」ってことは、それなりに度胸のいることである。30前後のおっさん2人(相方はまだ20代だった)が唄っていた。今でもヘタクソだが、昔はもっと下手だった。それでも唄っていた。ギターもヘロヘロであった。それでも唄っていた。

昔よく弾いていた歌を、今夜は唄った。

「人生は素晴らしい」今となっては遠方で戦う相方の歌である。

その歌の一節「あー 僕らは生きている 全ては思い通りに いかないけれど」

全て・・・・本当に何もかも、思い通りに行かない毎日。そんな中で、やはり失うのは「夢」と「熱さ」である。どうしても日常に押しつぶされ、仕事に押しつぶされ、ドロップアウトしてしまう。

思い通りに行かないからこそ、この歌が唄えるんだなぁ~。何気にそう感じながら、熱唱していた。部屋にFGの爆音が響く。

そう、思い通りにいかないから、面白いのかも知れない。

何気ない歌詞の中に、深い意味があった。相方はそこまで深く詞を書いていたのだ(ろう?)。

ずっと唄っていた。いろいろ考えながら、唄っていた。

人生は素晴らしい・・・・・か。

死ぬ時にそう思えたら、それが一番なんやろな。

肝臓の調子が悪い。各所に症状が出てきている。まだまだ生きれるんやろけど、万一ダウンすることにでもなったら、悔いの残る人生になってしまう!!

唄わなければ!!

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