退職1周年
退職が決まってから、ライブをした。元同僚やパートの姉さんも来てくれた。思い出の地である。
昨年の盆に、とあるライブ&劇を見た。
「ごっつい無駄な人生の時間を過ごしている」そう感じた。そして、改めて「実家」ってものの大切さ、家族と過ごす時間の大切さを感じた。「バラ色トンネル」という、木村三郎さんの歌を聞いて、一つの決意が生まれた。
年収550万、まもなくバイヤー職につけるというチャンスを蹴った。必死になって引き留めて頂けることに感謝しながらも、この人たちの期待にこれ以上応えられない気がしていた。9月5日、めでたく「人事部付」となった。
そこからいろんな旅をしていた。道に迷っていた。
ギター屋を目指す。腕を磨くために数本のギターを犠牲にした。いろいろやっていくうちに、終わりのない旅に思えた。もちろん食べていける余裕なんかないと思った。ずっと続けていってからでないと、とてもじゃないが人様のギターにメスを入れる勇気が出なかった。
大好きな京都にまた移り住んだ。伏見区深草西浦町7-6-1 メゾンドパリエ。あの場所で過ごした最後の半年間は忘れられない思い出だ。ハローワークに通う。ギターの師匠の所へ通う。1週間に3回は大阪にライブを観に行った。包茎の手術もした。雄琴で豪遊もした。ツーリングにも行った。嵐山から歩いて帰ったこともあった。無職というレッテルの中、いろんなことをした。それから、それから・・・。
4月、実家に戻った。これでいいんだ、と思いながらもやはり京都の街から離れるのが辛かった。たとえ1時間半で行けるとしても、実際住んでいないということに哀しさを覚えた。
多くの仲間(先輩)と出会った。仕事中は厳しくも、一歩仕事を離れるとステキな人ばかりに出会った。毎日汗とホコリまみれになって研修をし、ダメ営業マンのレッテルを貼られながらも毎日戦った。これまでの13年間、何やってたんやろってほど、己のスキルの弱さを悔やんだ。それほど周りのレベルは高かった。
そして今日、9月6日で退職1周年を迎えた。あえて休みを取った。仕事は山のように溜まっているが、休ませてもらった。
そして、私は今から京都に向かう。
戻るべき道があるならば、再び京都に向かう。
ライブやステージではしゃぐ「虚実の自分」ではなく、地味で引っ込みの「真の自分」で生きれる場所はどこなのか・・・。
これは「後退」ではなく「前進」である(By マッカーサ)
ここで辛抱、自分のふがいなさを押し殺し、ググっと我慢するなら、兵庫に留まる。
人生を棒に振り、オカンに心配かけてでも自分を貫くなら、京都に戻る。
再就職して5ヶ月目。今だ迷走しております。死ぬ時に走馬灯のように「あ~、そういえばいろいろあの頃考えたなぁ~。」と思い出すのでしょう。しかし、自分の人生、自分で舵を取らないと。
あのまま滋賀で働いていたら、おそらく気の病に蝕まれていたと思います。
退職して、一度舵を切り直したことは間違ってなかったと思います。昨日上司に「転職して良かったか?」と聞かれ、正直言葉に詰まりましたが、したこと自体には何の間違いもなかったと思ってます。上司曰く「その後どうするかはお前次第だ。」その通りだと思います。やはりこの上司はデカいです。厳しいながら、ズバっと正論を言わはります。正論だけに、言い返せません。
さて、行ってきます。
京都タワーを見れば、何か心境に変化もあるでしょう。
されど、私の本当の故郷はもう、京都なのかも知れません。あまりに京都の思い出が強すぎます。
京都産業大学時代。
亀岡時代。
伏見時代その1。
伏見時代その2。
あまりにも、あまりにも京都の思い出が強すぎます。
さて、退職2周年目に突入です。
36歳の秋は、静かに・・・そして激しく流れそうです。
・・・・・・どさくさまぎれに宣伝!!
9月13日(土)大阪・千日前「かつおの遊び場」20時~歌声喫茶を目指す!!
9月23日(祝)大阪・谷九「ワンドロップ」20時~熱く燃える!!
10月11日(土)京都・嵐山「音や」19時~走ります!!
秋はライブが目白押し(って程でもない)。久々の京都ライブです。
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