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2007年10月30日 (火)

ミサハマ第一章 完結

本日、滋賀・八日市「太子ホール」でライブ。泪さん、けん蔵さん、そして私の憧れる「中村ゆきまさ」さんと対バンであった。

私はともかく、3人さんの演奏、歌、パフォーマンスは群を抜いていた。これぞロックというのを、これぞパフォーマンスというのを目の当たりにし、非常に勉強になった。

今日のライブで、私の「平和堂」人としてのライブは完結である。もう私が「平和堂の社員です」ということも無くなるし、滋賀に住まうことも無くなった。だが、滋賀に住めたおかげで、こんなにステキなライブを見たり、出演したり出来たのだ。その部分は会社に感謝である。勤めてなかったら、おそらく出会っていなかっただろう。

くそくそ悪口を書いてきましたが・・・やはり中には現場主義の上司もたくさんおられ、私はその人達について行きました。その人達には感謝の言葉もございません。しかし、遠い上の方であぐらかいているエライサンが許せないだけです。

楽しんで頂いております「まいにちのうた」は本日を持ちまして休筆させて頂きます。ちょこちょこ寄ってみて下さい。復活しましたら分かると思います♪

平和堂よ、ありがとう。これまでに出会った社員・パート・アルバイトの皆、本当にありがとう。ライブで出会った多くの先輩・仲間の皆、本当にありがとう。

ライス君、ほんまにありがとう!!

           

001

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2007年10月29日 (月)

人生ゲーム

ライブ明けの朝・・・爆睡してました。そこに1本の電話が・・・

「○○ですけど、内定が出ました。」「え?ありがとうございます。」いきなりの電話に驚いた。そう、受けていた会社から内定が出ました。11月初旬よりの勤務での内定が出ました。

「最終確認させていただきますが、どうでしょう?」

その言葉に、いろんな思いがよぎった。

確かに仕事すれば、安定した生活は得られる。尼崎なので実家にも帰れる。結婚も出来るかもしれない(妄想♪)。カード作る時も困らなくていいのかも知れない・・・

ただ、今の自分に就職ということが最適なのだろうか・・・

横にFG-300があった。私は今、ギターの中で、ギターが生み出す世界の中で生きている。昨日ライブをさせて頂いた。長浜「川崎や」にてのライブ。楽しかった。ギターが私にいろいろな恩恵を与えてくれる。多くの仲間が恩恵を与えてくれる。

その「今」を捨てて、またサラリーマンという現実に回帰出来るのだろうか?

私はこの「今」を捨てて、自分を貫くことが出来るのだろうか?

2本、電話をかけた。1本は実家のオカン。オカンの心配を取り去る薬はあるのだろうか?それはただ、実家に帰ることでは解決出来ないことのような気がする。そのオカンの心配を取り去る方法は、結局自分で見つけないといけない。

もう1本の電話。それは・・・

昔、人生ゲームでよく遊んだ。最初の運命の分かれ道、学者コースとエンジニアコース。その時はどちらに行くかなんて真剣に悩んでいない。最終的にゴールにはよ着けばよかったのだから。

しかし、今「リアル人生ゲーム」の盤の上に私のコマはある。幸いかな、横と後部にピンクやブルーのコマはささっていない。私一人のコマである。「リアル人生ゲーム」は私に今、選択を迫っている。私は盤の真ん中のルーレットを回した。それは今の会社を辞めるということ。

ルーレットは止まった。私は進まなくてはいけない。

・・・・・って、ここまで書いて思った。

あかんかったら、またやり直せるやん!別に死ぬか生きるかの瀬戸際やないんやし。

そう考えたら、私の人生ゲーム・・・先はまだまだ長そうである(笑)。

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2007年10月28日 (日)

今日は長浜「川崎や」集結♪

朝から荷物整理しております。

本日、滋賀 長浜市「川崎や」にてライブあります!!19:00スタート

京都(市役所)から下道で約3時間くらい、大津からでしたら2時間弱のドライブになるかと思います。夕方4時に出れば間に合います(笑)。観光名所の多い長浜です。ぜひどうぞ!!

さて・・・

本日は布団を干して、台所を片付けてます。いよいよ部屋も空いてきました。明後日、いよいよテレビとパソコンを外します。31日には完全撤退・・・これは

勇気ある撤退

でございます。決して逃げる訳ではございません。溜まりきった思いは、明後日のラスト「まいにちのうた」で書こうと思っております。

本日、ベルトサンダーを購入しました。「どこのメーカーやねん?」って言われそうなものですが、これで削れます。あとはヤスリとニッパー類を購入するのみ。なんやかんやで、メインの就職活動が「ミサハマギター」への布石となりつつあります・・・。大丈夫か!?

一つだけ助かったのは、バイクのローンが11月で終わっていたということ。これで退職金が目減りせずに住みます(ホッ・・・)。

来年あたり、どこかの会場にて、ヤマハギターの試奏&展覧会なんぞ開けたらと思っております。ホールにずらっと並ぶヤマハの大群。「ご自由に試奏下さい」って書いた看板だけを置いて・・(笑)。可能であれば、柾目ウッドメーカーさんに協力いただき、「カンタンリペア&相談会」なんぞも同時開催出来たらなんて・・・。

いろいろと画策しながら、再び片付けに戻ります。

本日ライブへ来て頂けるお客様。ありがとうございます。くれぐれも事故のないよう気をつけてご来店下さいませ。

川崎や   長浜市大宮町8-8

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2007年10月27日 (土)

50本という節目

本日、めでたく50本目のギターが届いた。やっぱりFG、赤ラベル。

002 FG-300という、少し風変わりなFG。

輸入限定版の赤ラベルである。これをずっと待っていました。なかなか程度のいいのが出なくて、やっとこさの入手です。高い買い物で、今の私にはこたえました。

FG-180という赤ラベルのギターを買ったのがもう5年前になるかな・・・。八日市に住んでいた頃です。「八日一週間」という場所で歌うようになってから、急速にギター集めをしていました。

サラリーマンで独り者の私は、小遣いをほとんどギター購入に充てました。ギターは加速度的に増え・・・

八日市を出る頃には30本

宇治を出る頃には40本

草津に来てから50本

引越しのたび、増えてきました。されど、サラリーマンを卒業(退職)した私に、もうギターを買いまくる余裕はなくなりました。もはやここまでの様子。生活するのにいっぱいいっぱいの貯金では、ギター購入まで余力がありません。

ちょうど50本・・・節目だったのかも知れません。

11月から、しばらく就職活動止めることにしました。自分探しを本格的に・・・。中国にも行ってみたいし、ライブにも行きたい。今まで出来なかったくらいギターを練習したい。資格取りたい・・・いろいろとやりたいことはありましたが、就職活動をしながらでは集中出来ませんでした。

伏見では、48本のギターがドカっと積まれて、主人の整理を待っております。

近くの公園で、いろんなところで弾いてあげないと・・・。ギターの紹介ページを、もっと見やすく詳しくカスタムしようと思っております。

今週末、日・月とライブがあります。それが終わると、私の第一章が終わります。

伏見での第二章は、どんな登場人物が登場し、どんな場所で、どんな物語が生まれるのでしょうか?そして私はどういった方向へ進むのでしょうか?来年の今頃、1年前のこの日記をどんな思いで見ることでしょう。楽しみでもあり、恐怖でもあり・・・。

一つだけ分かっていること・・・

あと4日で草津から出ていかないといけないこと(!)はよ荷造りしよ・・・

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2007年10月25日 (木)

ライブ告知とお知らせ

日本全国に数名であろうミサハマさんファンの方に朗報!!

①「まいにちのうた」延長決定!!

結局電話回線切れるのが30日頃になりそう。ライブレポートまではなんとか継続可能。本日までと言ってましたが、あと数日はお楽しみ下さいませ。「まいにちのうた」はいつもあなたを笑わせ、心を打ち、考えさせます。

②なんと、「まいにちのうた」携帯で更新可能に!!

携帯で更新できるそうです。「なーんや、ほな携帯でしたらええやん」との声が・・・。でも、写真が載せられないうえ、あれだけの文章を携帯でとなると・・・頑張ってみます。

③そしてライブ告知!!

10月28日(日)長浜 「川崎や」 19:00スタート チャージ500円でドリンク飲みまくれます。対バンには、湖東の急先鋒「松下雄一」・彦根の夢枕莫「タカノセシンヤ」・そして妄想の旅がらす「ミサイル濱野」の3対バンです。長浜城観光・黒壁等観光にもピッタリの長浜で、まったりとしたミサハマさんをご覧下さい。

10月29日(月)東近江 「太子ホール」 19:00スタート。チャージ1000円。「泪プレゼンツ」のこのライブ。強烈ライブ3名+漫談1名。なんと「泪」「けん蔵」「中村ゆきまさ」という恐ろしいブッキングを敢行!!さぁ、夢の漫談家ミサハマさんがどう萎縮するかこうご期待!!マジデコマッテマス・・・

引越しで「冷蔵庫・レンジ・洗濯機」を京都に奪われた私。ひっそり練習します。

Menkyo また明日も

「まいにちのうた」見てね~♪

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2007年10月24日 (水)

ライスくん御中

あと数日で、正式に退社が決まる。1995年に入社して、爆走してきたミサイル特急もいよいよ終着駅。メーテルとのお別れが待っている(誰やねん!)。

1997年に石川から強制送還されたミサハマさん。滋賀の見ず知らずの店に着任になる。そこからいろいろ始まった。

それまで「バイク馬鹿」だったミサハマさん。それが「ギター馬鹿」になっていく。

その店で出会ったのが「ライスくん」。正式には河村君と言います。国分太一似のファニーフェイスで、店の中でも人気のパシリ君でした(笑)。それだけ皆から愛されていた彼ということです。店内で少しだけブームとなった「ハーモニカ倶楽部」が、私の音楽生活の始まりです。

姉貴の結婚式の演出用に買ったギターが「F-330」安物のヤマハでした。そのギターを手放すのももったいないんで始めました。同時期にライス君もギターを始めました。ライス君のうちにいっては、曲を弾いておりました。

彼は奥さんと子供1人のパパです。「理想の家庭像」を進む彼の人生に共感し、憧れておりました。いつかは私も彼のような家庭を・・・と思っておりました。

彼は仕事や家庭で忙しく、なかなか音楽をしていくのが困難でした。私は一人きままなので音楽中心の生活になっていきました。それでも年1回くらいは一緒に唄ったりしとりました。そう、それが・・・

PMC

というユニットでした。もちろん、現在進行形です(ただいま充電中)。彼と唄い始め、八幡駅で路上もしました。それが私のライブ活動の始まりです。彼と唄ってなく、泪さんに出会ってなかったら私はバイク馬鹿のまま、嫌々働いて痛んでいたと思います。

退社にあたり、彼に一番「ありがとう」と言いたいです。もちろん、永遠の別れではありませんが(笑)。今のライブ活動の「はじめのいっぽ」を開いてくれたのは他でもないライス君です。我が名曲(自薦)「はじめのいっぽ」はこの路上活動から生まれた曲です。

彼のような理想的な家庭は築けそうにありません。いろいろトラブった時も優しく接してくれたのもライス君です。彼、そして彼の奥さんには公私ともいろいろお世話になりました。感謝を口に出していえる私なら世話ないのですが、根っからの照れ屋ですんで、この場を借りて御礼をば・・・(照)。

ありがとう、ライス君。

29日は我らPMCの聖地(?)、太子ホール(旧八日一週間)でのライブです。残念かな私だけでステージに立ちますが、彼への御礼を込めて、「はじめのいっぽ」を唄いたいと思います。

ミサイルさんの「まいにちのうた」いよいよ明日で休筆です(ゆーてもしばらく)。

Adamorice もうちょっと・・・

ええ写真ないんかい(汗)

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素直な気持ちとパルチザン

23日分です。午前様で当日に書けませんでした・・・

23日朝10時。私は大阪駅にいた。面接である。当然のように筆記試験とアンケートを書かされる。あなたは「なまける」って漢字、すぐ出ますか??

アンケートには「なぜ転職しようと思ったか?」という問いがあった。赤裸々に思いのたけを書いてみた。ある種実験である。会社が一方的に悪い!!ということを書きまくってやった。社長らしき方が面接・・・「これはどうだろう・・」と開口一番!「それが現実です」と私。結局、水掛け論禅問答ほぼケンカ。社長は会社のシステムや待遇説明の用紙を持参していたが、それが私に見せられることなく面接は終了。でも、真正面から攻めてこられた社長さんには非常に感謝している。

帰り・・・淀屋橋でマクドに寄る。そのまま京阪に乗る。丹波橋で妙に涼しいと感じた。

「スーツの上、マクドに忘れてきた」・・・(涙)

その夜、私は(淀屋橋に寄ってから)三津寺会館近くにいた。アンダーグラウンドの聖地「パルチザン」へとやってきた。「ういvs木村三郎」。だいごさんの姿も見られ、まずまずの入り。

001 ういさんの驚愕テク。めっさブルージー♪

三郎さんの熱のこもったライブ。セットリストはほぼリクエスト通り、聞き応え満点であった。

途中、のこぎり奏者とのセッションがあった。こちらもまた・・・ホットブラザースを超えられるはず!!

三者三様のライブであった。よいどれ歌姫は某ターさんだけではなかった(笑)。

素直な気持ちを書けば、確実に落とされる。

でもせめて、唄だけでも素直な気持ちで書きたい。

いい歌を聴いている時くらい、素直な気持ちになろう。もっと練習して、うまくなろう。

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2007年10月22日 (月)

無限大の影に赤福騒動

出張のため、1日日記を飛ばしてしまいました・・・。

出張というのは、そう「甲賀の里 無限大まつり」にスタッフとして参加しておりました。甲南町の成田牧場さんでのイベント。多くのお客様にご来場頂きました。

(出演者皆様の熱いステージ+Lucyさん、番頭さん、成田牧場さんの中心スタッフ、多くの有志スタッフの準備段取り)×多くのお客様という方程式で・・・

002 熱いまつりに

ならんわけがない!!

本当に多くのお客様に笑って、楽しんで、聞き入って頂けたイベントになったと思います。

送迎やなんやで見れなかったステージもいくつかございましたが、笑いまくった1日でした。天候にも恵まれて、非常にいいイベントではなかったでしょうか。

正直、ヘトヘトです。風邪ひいてしまいました・・・

されど、送迎の際にお客様にいろいろ意見を伺いました。「おもしろかった~」と風船片手に笑う女の子。「楽しいイベントで、来てよかったです」と若い奥さん。「滋賀をこんなイベントで盛り上げてほしい」と男性の方・・・皆、楽しいと感じて頂けたようでした。それで疲れも飛ぶってもんです。最後になりましたが、ご来場下さったお客様、出演のミュージシャン・パフォーマーの皆様、ありがとうございました。

バタバタ過ぎた3日間のまつりの影で・・・

私の大好きな「赤福」がえらいことになっている。売れ残った赤福の餅やあんこをリサイクルしていたらしい。「なるほど!もったいないから素晴らしい」なんて言えない。私は食べれるなら文句は言わないが、普通の人なら怒り心頭だろう。

一度信頼を失ったものが、信頼を勝ち取ることは容易ではない!!

(深い意味はない)

再び、赤福を食べたい。・・・ちゅーか、京都駅の土産物屋さんに、赤福のパッチもんみたいなのが売ってたような気がする・・・それで我慢しよう。

さて・・・履歴書書こう。薬が効いてきた。クラックラするなぁ~♪

風邪を速攻で治すレシピを伝授しましょうか。

  ①C-1000タケダを飲む②ニンニクの力を飲む③薬を所定の2倍飲む

そしてすぐ寝る!!これで1日で風邪は治る(ハイリスクです)。

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2007年10月20日 (土)

聞こえずとも・・・

001 イベントの告知で栗東へ。

栗東の聾学校を訪れた。昨年、このイベントに参加された「GR高」というバンド。そう、この聾学校の生徒さんのバンドである。

衝撃だった。耳が聞こえにくい、ほとんど聞こえないメンバーが普通にギター弾いたりドラム叩いていた。その生き生きとした表情が印象的だった。

昨年のイベントで、会場を抱腹絶倒のパフォーマンスで沸かせた「ジロー今村」さんが今回も参加される。イベントの告知に参加して頂いた。ジローさんが来るってことは、彼ら彼女らには内緒だった。

音楽室でパフォーマンスを始めるジローさん。入るやいなや、笑いだす高校生。一通りパフォーマンスが終わったあと、懐かしそうに話す面々。その時の表情はこれまた明朗快活。昨年のイベントが意味のあるものだったと、改めて感じた。

昨年のこのイベントで、私の人生変わりました。高校生の彼らもまた、いろいろと感じるものはあっただろう。そのイベントが、またやってきます!!

10月21日(日) 滋賀県甲賀市甲南町 「成田牧場」

甲賀の里 無限大まつり

入場無料。無料駐車場あり。飲食屋台多数。ジロー今村さんのパフォーマンスショーをはじめ、多くのインディーズミュージシャン・パフォーマーが参加されるイベントです。私ミサハマさんも黒子スタッフで参加します。

「まいにちのうた見てます!!」と私に言って下さった方、何かごちそうします(ただし、お馴染みのミュージシャンさんは対象外・・)。「まいにちのうた」ご愛読感謝祭です!!

その「まいにちのうた」でございますが・・・

引越しに際してパソコンが使えなくなります。おまけに今度は社宅じゃないので電話がすぐに使えません。ということはネット環境が整いません。

つきまして、10月25日を持ちまして・・・終了させて頂きます・・・いや、休筆ね。

いつ復活するか分かりませんが、なるだけ早く復活する予定です。「オレはミサハマさんのブログ読まないとやってらんね~んだよ」「私ミサハマブログのファンです」「オレの怒りを代弁してくれよ~」「あー、やっと終わるんや。よかった」等、いろいろとご意見あると思いますが、どうしても・・・って言われる方は「mixi」にご入会下さい。ミサイル濱野で一発検索!!

ただ、「まいにちのうた」はmixiの内容と少し違うものにしております。本音のリアルさは「まいにちのうた」の方でございます。mixiは(あれでも)けっこう穏やか目に書いております。

ゆーても、あと5日。がっつり書いてまいります。ぜひお楽しみに!!

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2007年10月18日 (木)

久々の運動

001 京都駅でレンタカーを借りた。

デカいハイエース。3ナンバーサイズのごついバンである。これでギターの大群を引越しするのだ。

ナビがついていた。

(おそらくキレイであろう女性の)声で案内してくれる♪言う通りにしていたら近江大橋を渡らされた。おいおい、ワイロもらってるんか、このソフト?1号線でええやんけ。

便利だ。しかし、私はナビをつけない。迷ったらその辺の人に聞けば済むことだ。地図を見て、適当に走ってたどり着いた時の感動はひとしおである。

50本のギターを積んで、伏見の狭い路地を走る。

ビクビクしながら路駐をし、ギターを搬送する。友人の手伝いがあったおかげで・・・それでも1時間以上かかる重労働。意外と思いハードケース、はんぱない数(涙)。おまけに新居は4Fでエレベーターなし。拷問である。いい歳こいた2人は、汗だくになって作業をしていた。久しぶりにいい汗をかいた。

とりあえず、ギターを部屋に放り込み完了。疲れた~

おっさん二人は「アバンティー」地下のミスドでドーナツ喰い喰いお話を。大学時代からの付き合い、いろんな話をする。

運動せんとあきませんな・・・すっかりナマってます。疲れた体を引きずり、そのままココイチで7辛カレーを食べ、極楽湯で極楽気分になり帰宅。テレビをつける・・・

・・・またなんか児童殺人事件が発生している。痛ましいなぁ・・・子供欲しいのに出来ない家庭もあれば、こうやって我が子を殺害するバカ親もいる。おまけに発生したのはまた「京都・宇治」である。一昨年の学習塾での殺人事件に続く、児童殺害だ・・・痛ましい。

ん??

犯人の名前「濱野容疑者」・・・おいおい(汗)

うまく行かない世の中だ。どうしてこんな痛ましいことが起こるのだろうか。

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2007年10月17日 (水)

本陣陥落

「我々は機械やミカンを作ってるんじゃないんです!人間を作っているんです!そして、人間の性根が腐りきってしまうことなんか、絶対に有り得ないんです! それを防ぐのが我々教師じゃないんですか!?
そして、もしも、もしも… それが出来ないのであれば我々は教師を辞めるべきなんです!!!」

「正直言って私も自信がありません。 しかし、他の3年の先生方も協力してくれると言ってくれてますし…何よりも、今の加藤を見殺しにするような真似は絶対したくないんです。
お、お願いです!! 最後までボクにやらせて下さい!!!」

・・・・・

金八っつあんのセリフを思い出した午後3時。

折りしも「新・必殺仕置人」が最終回であった本日。タイトルは「解散無用」。仲間が捕まり、痛めつけられているところに1人で立ち向かう中村主水(藤田まこと)。かっこよかった。とても「当たり前田のクラッカー」って言ってた人には思えなかった。

いろいろと考えていた。考えさせられることが多かった。考えることに疲れた。

折りしも「その時歴史が動いた」では幕末・会津藩の奮闘がテーマであった。新兵器で迫り来る新政府軍に槍やカタナで立ち向かう会津藩士や白虎隊。忠誠を誓った者たちの強さに心打たれた。松平アナの名口調が印象的である。

私、一人の放つ情熱ある言葉に陥落いたしました。頑固な私の砦も、熱意と尊敬の念の前にはもろいものでした。最後まで意志を貫けなかった気持ちと、頑固なだけではいけないという気持ちのせめぎ合いでした。完全陥落ではありませんが、なんとかやってみることにしました。再起に期待したいと思いました。そのお手伝いなら、やりたいと思いました。

火はまだ、完全鎮火ではございません。じっくり消火していきたいと思います。火元の原因とこれからが全てです。なぜ火事が起こったのか・・・そこが全てです。消防署も、消火が終わったらまず、原因を追究します。

私の意志が二転三転しました。多くの方に不快の念を抱かせましたこと、この場を借りてお詫び申し上げます。

Kinpachi あなたは偉い。金八っつあん。

ただ、全てにおいてその方程式があてはまるとも思えない。しかし、ハナからその方程式を否定している私はもっとあかんのかも知れない。

人間は、方程式では解けない。

そう言えば、前回の就職試験・・・数学が全く解けなかった(涙)

私には、方程式は解けない。

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2007年10月16日 (火)

ギターのネック

001 すごい荷重のかかる、ギターのネック。

60kgくらいの力がかかっているらしい。ヘヴィーゲージなんぞ張ったらあなた、もう・・・大変。

何も文句言わず、今日も弦張力と闘っている。

それでもやはり、曲がってしまうこともある。折れることもある。歪んだり、ねじれたり、猫背になることもある。いくら丈夫なネックでも、やはり反ってしまう。

そりゃこんなホソッコイ木で支えているのだから仕方ない。マホガニーやメイプルならまだしも、ナトー材ではそりゃ弱いもんだ。太くすれば音も悪いし、握れない。人間のわがままに付き合うネック。

少し余分な力がかかると、折れてしまうのは人の心も同じこと。

現代社会の「ストレス」ってものが、折れる原因であることが多くなってきた。

ポッキリ折れる前に調整出来ればいいのだが、手遅れで折れてしまうことも多い。一度折れてしまっても、治るものと治らないものがある。治らなければアウト、ゴミである。折れる前に、修復不可能にならないうちに治すのが得策なのである。

何事も、間に合うことと手遅れなことがある。

そのボーダーラインは、人それぞれである。だから、自分のものさしで考えてはいけない。されど、すでに手遅れになってしまったものを修復するのには、とてつもない時間と力を要するものである。

治ることを祈って、何事も折れてしまわないように、自分自身でラインを引かねばならない。就職活動を12年振りにしてみて、分かったこと。

ちなみに・・・ギターのネック調整、折れの修正は

柾目ウッドメーカー

http://ha8.seikyou.ne.jp/home/tk53/

リペアマン清田さん曰く「ギターが粉々にならん限り、治してみせます!!」

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2007年10月15日 (月)

バカ息子

祭りのため帰省。仕事辞めてからはさすがに帰りやすい。本来は荷物まとめてとっとと姫路に帰るべきなのだが。

祭りは最高♪

激しく盛り上がっていた。
見るだけやから楽チンやし。チョコバナナを親子で食べながらの観戦。途中、祭り名物「殺しあいに近い喧嘩」観戦も・・。さすが姫路、喧嘩は激しい。警察官を数名巻き込んでの大乱闘。母興奮・・・。

駅に送ってもらう間の会話。「心配で胃が痛いわ」「心配せんでいいで」「そやかて就職、決まってへんのやろ」「・・・」

・・・

今日朝一番に届いた「ご縁がなかった・・・」との不採用のメール。一昨日受けて自信があっただけにショックはでかかった。されど、それ以上にショックの大きい母の一言。

辛かった。「心配で胃が痛いわ」この言葉は亀田の投げより効いた。

「親孝行」が信条の私。それだけに母の言葉は重い。母に心配かけまいと退社した私だが、逆に母を心配させる原因にもなっている。母のことを思うたび、早く仕事に就かんならんと思う。しかし、自分のこれからを探すのにはまだ時間がかかるという葛藤。

複雑な心境の男を乗せた20時27分発、米原行き新快速。

流れ過ぎ行く姫路の街、流れてくる第2の故郷京都の街。

私の居場所はどこだ・・・。

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2007年10月14日 (日)

はい、笑って~

昨日、面接で聞かれた。

「仕事辞めてから転職活動、不安はないのかね?」

そりゃ、不安です。でも、「~ながら」の転職活動では、絶対に甘えが出ると思ったから辞めたのだ。面接の機会もらっても、休みが融通出来ない。こと、前職に至っては休みですらまともに休めないから、よけいにそうである。

なんやかんやゆーて、けっこう転職活動している。

「無職」という言葉に、何故か恐怖を感じているこの頃。カード作るにも、アパート借りるにも、今まで何てことなかった場面場面で、けっこう制約になる「無職」という言葉。ドラゴンクエストでも、何らかの職についているというのに・・・。あ、今の私は「遊び人」という職業か。「踊り子」の職もマスターすれば、そのうちに「スーパースター」になって、ベホマラーの呪文を覚えそうだ。

お金がみるみる減っていく。そりゃまだまだウン百万の貯金はあるものの、やはり猛烈な勢いで減っていく通帳を見ると不安になる。ライブにもけっこう行っている。遊びにも行っている。食費に交通費・・・けっこう必要だ。それでもライブには行きたい。今だけしか出来ない時間の使い方だから・・・。

となると、やはり働かないといけない。

されど、スキルは向上しない。牛骨と象牙の素材が届いた。まもなくナット・サドルのリペアを自分で実施していくのだが、なかなか忙しくて出来ないことも多い。

笑えなくなってきた。ライブの時しか、笑えなくなってきた。いかんなぁ・・・毎日笑って過ごしたいものだが、ライブ観戦の時しか笑う機会がない。笑うことを忘れている。

それでも・・・

いろんなライブを行って、いろんなミュージシャンのライブを見て、少しだけギターの弾き方に変化をもたすことが出来た。その瞬間だけ

ニヤリ( ̄一 ̄)←By なおえ姉さん

楽しいことはいいことだ。音楽は楽しい。本当は音楽ってものは、そんなにややこしくないもののはずである。最近何かとややこしい事も多いが、本来はもっと、カンタンでいいものなのかも知れない。複雑に考えるからかも知れないから、ややこしく感じることも多いのか。

昨日のライブでも、やはり楽しい。笑う。すると気分がいいものだ♪

泣いたり笑ったり・・・。音楽はいいものだ。

Kimura2 心に響く「バラ色トンネル」

はじける「光と闇のポルカ」

しんみり「チャンピョンラーメン」

一夜明けても、木村ワールド。

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2007年10月13日 (土)

神戸と三郎さん

バラ色のトンネルくぐって 果てなき川を

どこまでも流れていく

 

花びらが散る岸辺よ 愛した人よ

すばらしい世界よ さらば さらば

・・・

神戸で聞く「木村三郎」ワールド。言うことなどない。素晴らしいのだから。

神戸湊川「一番星食堂」でのライブ観戦。「どこが食堂やねん!!」(笑)。歌wazさんのラストライブ。その他大勢の参加者。

いろんな世界があります。

熱い思い、熱い歌を堪能出来た1日でした。

まだまだ自分の世界の狭さ、地図の狭さを思った1日でした。

「井の中のかwaz」ってとこですか、私。お粗末・・・

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2007年10月12日 (金)

いざ、園田へ!!

競馬に行ってた訳ではない。ある意味人生のバクチみたいなものだが・・・。

今回受けた会社はまたサービス業。「土・日は休みにくいです」の一言がやはり引っかかった。一般的サラリーマンの休日に憧れて転職したのに・・・。しかし、いろいろと考えてみた。平日休みやからこそ、京都「和音堂」でライブ出来たし、「垂直の水銀」の手伝いも平日休みやったからこそである。飛び入りライブが多いのも平日・・・。

う~ん・・・。やはり考え方に偏りがある私。柔軟性がない。

001 阪急に久しぶりに乗った。

就職活動の時、資料すら送ってこなかった会社である。立命館の友人宅には届いてあった。

おいおい、阪急さんよ・・

京産じゃ、あかんのん?

それ以来、阪急に乗るまいと誓った私。ゆーても5,6回は乗ったと思うが。未だにその怨念がおんねん(笑おう)。大阪行くときゃ、ずっと京阪。今日なんか梅田から河原町行き乗った方が安いし早いのに、わざわざ御堂筋線→京阪特急。

頑固な私です。番頭さん(@太子ホール)にもそう言われました(笑)

ヘンコです、私。しょーもないとこで頑固です。そしていつも後にひけなくなります。されど、自分の中にボーダーラインがあって、それを越えるとどうしようもありません。よーく考えると解決法もあるのでしょうが、考える前に動いてしまいます。今回の退職騒動もそう、今回のとある問題もそう。

やっぱ許せないところは、妥協出来ません。

不器用な人生送っていると思います。もっと上手い生き方あるのかも知れません。

妥協も考えます。でも、ライン超えると妥協すら思いつかなくなります。

またまた、音楽活動の場が狭くなったのかも知れません。自分のヘンコさが生んだ結果なのかも知れません。今後どうなるか、暗礁に乗り上げた気分です。でも、やっぱり妥協出来なかった。

昨日深夜・・・草津のとある場所で歌ってました。練習しよ!と思い立って、メガネにジャージでFG持って飛び出しました。暗い街頭の下で、蛾のように歌ってました。

どこでも歌えるんや・・・そう思いました。お客さんはコーロギンス達でした。コーロギンスの鳴き声とともに、私も歌ってました。苦情が来ないことを祈りながら・・・。深夜4時頃まで、走ったり唄ったりでした。

ライブに呼んでもらった限りは、全力で走ります。

飛び入った限りは、必死で歌います。

いずれにせよ、妥協だけはしたくない。そう思って質問しました「御社の賞与の体系は・・」タブーに触れた瞬間だと、鈍い私ですら察知しました(涙)

明日もまた、面接だ!!

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2007年10月11日 (木)

新大阪ラプソディー(仮題)

001 お隣さん、上下階の部屋の方・・

ごめんなさい。

朝からギター弾いちゃって(汗)

ガッシコガッシコ弾いてました。疲れたお昼の休憩時間にDVD「垂直の水銀」を見ては、気合い回復に努めておりました。

「バラ色トンネル」名曲です♪もし私に何かあった際、別れ際にぜひ流して欲しい曲です。遺書に書いとこっと。

ガッシガッシと弾いてました。どん兵衛食べながら弾いてました。もうお金がありません。けっこうお金使ったし、今月はピンチです!!

だから練習。そして次回のライブのために新曲を書き下ろしておりました。

その名も「新大阪ラプソディー(仮題)」!!

数日前、なけなしのお金を握り締めて大阪に向かった男がいました。ネットで一生懸命調べて、勇気を持っていざ大阪へ・・・。されど、目的地は見つからず、後で調べると新大阪が目的地だったことに気づきました。

とぼとぼ歩きながら、いろいろ妄想を高めました。いつもの淀屋橋のマクドでゴワーっと書き溜めました。思いつくままの語句を書き溜めました。京阪電車の窓から外を眺めながらも書き溜めました。水商売っぽいお姉さんを見ながら(変態ではない)勝手にモデルになってもらい、歌を作りました。

完成!!おなじみコード5つだけの作品(汗)近日公開♪

けど、なんでこんな歌!?      というのも・・・

前職場のご意見番さんに「お前はもっと、ワルい面をつくらなあかん。真面目一本やから、人間に面白味がないんや。やから女出来ひんのや。バクチして、女遊びしろ!」と叱られたことがあります。

バクチ=パチンコ? 女遊び=風俗??

短絡的な私は応用も効かず、そう考えてしまいました。そして一度実践してみようと頑張った訳ですが・・・。そんなにカンタンに人間変わることも出来ません。勇気も湧かず、ドギマギしてしまう結果です。パチンコでは3000円突っ込んで、ものの数分で終了。

悪い部分はいっぱいあります。不義理・不条理・不仲・・・私もそないにいい人間ではありません。それがカンタンに治る訳もなく、今日まで生きております。

いい人間を演じている訳じゃないのですが、その方にはそう映っていたのかも知れません。複雑な心境でした。そんな思いを含めながら、可能な限りの妄想力を振り絞って完成させ、今日ずっと歌ってました。

いろんな街を歩きたくなりました。そして、いろんな歌を聞き、いろんな歌を作りたくなりました。

音楽をやっていると、いろんなことに出会います。もちろん嫌なこともありますが、私の人生を変えてしまうほどの力があります。実際人生変わりました。そこにいつも音楽がある。そして多くのミュージシャンがいる。

昨年の秋、私の人生が変わったイベントがありました。今年もあります。

10月21日(火)

滋賀・甲賀市「成田牧場」

甲賀の里無限大まつり

http://otoha.main.jp/ 公式ホームページ(チェキラッ!!)

多くのミュージシャンが登場のイベント。私の人生観を252°変えてしまったイベントです。ぜひ見に来て、楽しみに来て下さい(入場無料・食事の屋台出ます)。私の心の師匠「木村三郎」さんを聴きに来て下さい。そして・・タさきフみえさん、HOBOけいすけさん、川口剛生さん、不惑天然堂さん、ひらやまだいごさんという、私の敬愛するミュージシャンが出演されます。その他にも多くのミュージシャン、芸人さんが登場します!!

ぜひおいで下さい(ん?告知になっとる・・・)。

あ、ついでに新大阪ラプソディー(仮題)もよろしく・・・

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2007年10月10日 (水)

’89天安門事件に学べ

1989年、中国政府は無力な市民・学生を強行策で排除。民主化運動の波を力でねじ伏せるかのように弾圧した。世に言う「天安門事件」である。

抗議行動が褒められるものではないと思う。しかし、それを武力で弾圧する政府はどうか・・というより絶対に許されない。強攻策を論じて制圧をかけるという姿勢が疑われる。お互いの妥協点を見出し、解決収束に向かっていれば多くの犠牲者を出さなくて済んだのだ。かつての日本も、軍部の独走を許したがために、結果強行政策に走り戦争を引き起こし、多くの国民の命が失われた。

強攻策を発動し、その結果により収束に向かってもその後には痛いしっぺ返しを受けるのだ。天安門事件が発生するやいなや、欧米諸国の猛烈な批判を浴びることとなった中国。その流れは経済支援の凍結、文化交流の一時停滞、そしてなにより観光業に多大な損害をもたらすこととなった。外貨稼ぎに重要であった観光業のダメージは、後々まで中国に暗い影を落とすこととなった。

中国の国際的イメージは、この事件によって失墜した。今でも「パクリ・コピー騒動」「人権問題」「チベット宗教弾圧」等、国際的イメージの回復にはつながっていない。

イメージの失墜は、必ず後に大きな代償として返ってくる。

外貨稼ぎの重要手段の観光、つまり外国のお客様が来ないということも、中国政府にとっては思わぬ「損害」であったろう。国際的イメージってものは、観光に行った人の意見が重視される。その部分を大事にしなかった中国政府の傲慢さにも閉口する。

傲慢は、必ず倍になって返ってくる。私も嫌っちゅーくらい、味わってきた。

イメージの失墜は、必ず後に大きな代償として返ってくる。それを取り戻すことは、不可能に近いくらいのものである。一度知ってしまうと、記憶からそういったネガティブな面をぬぐい去ることは出来ないからだ。

接客業をしていた(辞めましたが・・)。クレーム処理を間違ってお客様の気分を害してしまうと、そのお客様はもう二度と来てはくれない。それは1人のお客様を失うだけではない。気分を害したお客様は、必ず仲の良い人達にそれを報告する。気分のいいことがあっても、それを報告することはない。逆に、気分悪いことは、発散させるが如く周りに伝播するものだ。そして多くのお客様が去っていく結果となるのだ。

いちおう、ギター漫談をしている私・・・

お客様あってこそのライブ活動。この部分をもう一度考えてみなければならない。常にお客様第一に、笑ってもらえるライブ活動を目指さないといけない。

傲慢は、必ず倍になって返ってくる。イメージの失墜は、必ず後に大きな代償として返ってくる。

ヘタっぴな私は、傲慢になることも出来ないのですけどね(笑)。前回の京都でのライブの反省より、今日は頑張って練習しました。常に謙虚に、素晴らしいミュージシャンの技を吸収(パクリ?)して、お客様をがっかりさせないライブを目指さなくては。

傲慢は、必ず返ってきます。まるで鏡のように返ってきます。

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2007年10月 9日 (火)

師匠と食事

FG-500Sを抱えて向日市「柾目ウッドメーカー」へ向かう午後4時。

サドルとナット作成の修行その2。ナットを削る・・・削る。最初にググッと力入れてサンダーに当ててしまい少し削りすぎかけたが、今まで数十本とナット削りの作業を見つめてきたせいもあるが、その記憶通りに削れて行く。うまくリカバリーが出来た。

「うん、まぁ合格!」と。そのまま溝切りをして、装着。牛骨らしい、コーンとハリのある音となったFG-500S。この音の違いをぜひ多くの方に知って欲しいと思う。

次の住みかで、1部屋を「ショールーム」化すれば?とのアドバイス。そして、私はもっとこの「柾目ウッドメーカー」を世に知らしめる方法を模索(と言ってもHPでアピールしかないが)。リペア時間より将来の事を話す時間が多かった。

その後、清田さんと食事に。2回目である。尊敬する方に食事に誘って頂けるということは、私にとって非常にうれしいことである。ご飯食べながらいろんな話をした。私のこれからや、ギターのいろいろ・・・親身になって話して下さる。本当に有難い話である。

一昨日の「鴨川歌うたいまつり」の出演者「呉ひとし」さん。弾きまくった証のギターの弾き傷ならぬ「弾き穴」付きのギターで熱演。そのギターの話をすると・・・

「ん?そういや大きい人が最近来て、透明の板で直してって言ってたなぁ。」

おそらく、呉さんだろう。あぁ恐ろしい、音楽の繫がり。いろんなところで、音楽をする人はいろんなところで繫がっている。昨日出会った「どない屋」の皆さんとも、今後どこかで繫がりそうな予感♪

昨日も書きましたが、ギターってものの力、歌ってものの力を改めて・・・。

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2007年10月 8日 (月)

食べて聴いて♪

月末にライブがある。育ててくれた滋賀でのライブが2本。

近江八幡駅で唄い始めてはや4年。30過ぎやった私は白髪混じりの35歳。当時3本だけやったギターも数えれば50本に近い。そして、無職となった私。

忙しいながらも楽しい毎日。ライブ三昧は勉強になるなぁ~。

さて、本日は朝から京都へ。本当はツーリングの予定であったが、雨天中止となり河原町にご飯食べに行くこととなった。人が多いなぁ・・・。新京極からロフトまでの道、鬼のように若い衆が・・・あぁ、しんど。

そして夕方より、浜大津へ。「どない屋」さんへ向かいます。酔いどれライブ(?)タさきさんと川口師匠の対バンである。ご飯も食べられて音楽も聴けると♪初めて京阪電車の「京津線」に乗りました。石山から浜大津まで。浜大津駅前は、県庁所在地でありながら閑散としております。せっかくいいロケーションなのに・・・。

少し(かなり)迷って到着。普通の居酒屋さんの外観でしたが、入ると・・・

異様!!

モワっとした空間は、まさにライブハウス。異空間です(汗)始まるやいなや、その異様なパワーは1人のおっさんミュージシャンによってはやくもレッドゾーンへ!!

川口剛生さん。私の最近のツボなのですが、ホントに凄いステージ。まぁ、盛り上げる盛り上げる・・・それも熱い歌で。始めはひいていた最前列の女の子も、最後には手拍子しとりました。J-50は今夜も絶好調。5弦を切るという荒業で、熱い歌とともに会場に響いておりました。

AKIRAさん。「どない屋」の女将として、和服姿で登場。会場の野獣どものシャッターは止まりません。私はテイラーのギターのサイド板ばかり見てました(笑)。いや、こちらも盛り上げまくり!!恐るべし「どない屋」。

そしてそして、タさきフみえさん。この空間でターさんの世界が拡がるか・・と少し心配しましたが、皆無!!ターさんの歌とギターはその空間をターさん色に染めるには充分でございました。最後はすっかり盛り上がってしまい、大合唱となりました。

決して広いとは言えない会場ですが、この盛り上がりは最強です。演者だけでなく、お客様もこれだけ満足出来るスペースはなかなかないと思います(大阪は別・・)。とても楽しめたライブでした。滋賀はまだまだ熱い!!また行きたくなるライブですね。

興奮冷めやらぬ、恐るべしライブでした。恐るべし夜でした。

私のライブは、まだまだ人を「楽しませる」域に達していないことも思いました。楽しませるには「歌」と「MC」このバランスと力こそ全てです。どちらかだけでもアカンし、それだけでもないし・・・。しかし、また頑張る気力に繫がったことには間違いありません。

いつの日にか、私もこう言って頂けるような歌うたいになりたいものです。がんばろう!!

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2007年10月 7日 (日)

ひらやまだいごと木村三郎

朝からオークションサイトより入電・・落札しましたとの事。朝からバタバタとメールのやり取りをする。忙しい時に引越し屋の見積もりやなんやの電話が・・・。

午前10時、新快速に乗る。京都駅からは久々に京都バスに乗る。停留所を聞く観光客に愛想のない返答・・・京都バスはこれだから困る。バスの窓から四条通りを見るのは何年振りだろうか。いつもと違う光景が新鮮である。

午後0時、出町柳に到着。本日は「鴨川歌うたいまつり」でした。大阪のミュージシャン「ひらやまだいご」氏による野外イベント。大阪方のミュージシャンが多いので、歌っている人が誰なのかすら分からなかった。急いでプログラムを見る私。

時折見る、十三「テハンノ」のライブインフォメーションで見かける名前が多い。その方々が生で歌っている訳である。中には全く知らないミュージシャンもいた。しかし、各人のパフォーマンスはさすがである・・・というか、場慣れしている。数々の戦歴がその威風堂々としたステージに繫がっているのだろう。

男性も女性も、皆個性が違っていて決して飽きることはなかった。3曲縛りであったので、もっともっと聞きたいと思った。これが次回の各人のライブ集客に繫がるのだろう。

待ってました!!

001 木村三郎さん♪

2曲目・・・懐かしいリバーブの効いたギターの音調べが響く。

「バラ色トンネル」

・・・ダメです、その曲は。私・・・泣いてしまいます。切々と唄う木村さん。その歌に私は人一倍の思い出があるんです。悩める私を助けてくれた、まさにトンネルから脱してくれた歌なのであります。

グールグルと、いろんな思いが走馬灯のように過ぎりました。

その後の呉さんの熱い歌、タさきさんのまっすぐな歌、そしてだいごさんの面白切ない歌・・・ご馳走攻めは最後まで続きました。タさきさんは明日も歌が聞けるのでさらに楽しみになりました。

この「ひらやまだいご」というミュージシャン。無料イベントながらこれだけのパフォーマンスに仕上げてくるその力・・・凄いものがあります。ひらやまさんの人脈と人柄がここまでに仕上げるのでしょう。そしてボランティアでの参加である裏方スタッフの面々。「だいごくんのために!」と集まった面々は、お金では繫がらない確かな絆で結ばれているんだと思います。

そして「木村三郎」さん。もう言うことございません。ご馳走攻めの中でも、やはり私にとって最大のご馳走はこの方でした。改めて、木村さんとの出会いに感謝しております。

・・・・・

1年前、ちょうど秋の時期に木村さんと出会いました。そこから、ライブにしても生活にしても、私の人生が激変しました。おそらく木村さんと出会ってなかったら京都で唄える機会は無かったと思います。そして、今回のこのイベントに参加していなかったと思います。いろんなミュージシャンと繫がっていくことが出来た起点こそ、木村さんとの出会いだったと思います。

暗くなったラスト・シーン。

いろんなことを思いながら見ていました。このイベントに参加したことは、また後々なにか私に影響を残すことでしょう(笑)。

ひらやまさん、木村さん、ターフーさん、そして多くのミュージシャンの方々、スタッフの皆様、お疲れ様でした。楽しかったです。

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2007年10月 6日 (土)

適当なアリさん

朝から洗濯、ごはん作り、キャンプ用品の整備・・・いろんなことが出来る。そんな間も有給なもんで、お金は支給されている。ひたすら浪費の毎日・・・時間が出来ても、お金というものは確実に減っていく。やりたいことは多くあれど、これからの生活を考えるとなかなかガツガツと使う勇気が出ないものだ。

北海道旅行が延期となった。日程調整の問題である。面接が急に入ったためである。当面は仕事しないつもりでいた。しかし、有給を消化する間にいろんな思いがこみ上げてきた。「働かなくては・・・」という思いがよぎる毎日。日本人の悪いくせなのか・・・。

そう、時間が出来てお金が減っていくと、ある種の「不安」がよぎるものである。2年くらいは働かなくてもやっていけるだけの貯蓄はあるし、退職金が入ればさらに数年・・・という感じなのではあるが、どうも落ち着かない。「無職」という肩書きに慣れていないせいかも知れない。マンションを借りるのにも、カード作るのにも、やはり「無職」という肩書きは弱かった。今まではあっさりOKやったのに、「うーん・・・なんとかしてみます」と困惑する担当者さんの顔は印象的であった。

好きなことだけやれる毎日・・・働いている時は非常に憧れた。しかしそれは無限の富があればの話、厳しい日常の狭間にある時間にこそ、好きなことが出来るほうが私には合っているのかも知れない。

働くのが好きな訳ではない。しかし、どうも四六時中自由であれば(そうでもないが・・)、どうも時間の感覚が鈍ってしまうものである。

しかし、その時間すらまともに取れなかった、取れなくなりそうな将来が見えた会社から脱出出来たことはよかったのかも知れない。「人件費7億円削減」「採用凍結」サービス残業で成り立つ会社がさらに人件費を抑制する。本末転倒の会社方針にはついていけなかった。

就職活動をする中で、給料→休みを重視するようになった。金はどないかすれば稼げるが、時間は稼げない。それなりの生活の中で楽しむ時間が取れれば良し。

001 新しいFGが入ってきた。

FG-400W。ヘヴィゲージ対応の黒ラベル。アジャスタブルサドルでなかなかジャッキリした音を出す。ネックを少し調整し、クリーニングはまた後日。そんなことをしている時間は非常に楽しく、有意義。

有意義な時間っていうものは、狭間にあるからこそ有意義なのかも知れない。そんな思いを持ちながらロッドを回す。ネックがギギ、ギギッと音を出す。おっとっと・・。

こんなことをしている時間もお金は支給されている。

こんなことをしている間に、皆働いている。

明日、鴨川で「歌うたい祭り」が実施される。出町柳・三角州にて。多くのミュージシャンが結集して実施される。このプロジェクトを企画するのは1人のミュージシャン、ひらやまだいごさんである。その実行力には脱帽する。自分の思いを貫き、行動する・・・出来そうで出来ないことである。少なくとも、今の私には出来ない。この素晴らしいイベントに行く予定。そのエネルギーを頂戴しよう。

いまだふらつく私。いろいろ考えられるこの時間も、お金は支給されている。

そう思えば、ありがたいこっちゃ♪

しかし・・・やらしいな、オレ。お金のことばかり考えている。でも、結局何をするにもお金が絡む。先のことは分からないしどんな人生を過ごすのかなんて考えも出来ない。けど、わかっていることは「お金は必要」ってことである。夢だけでは食っていけないことも事実である。

アリとキリギリスという話を思い出した。

働かずに後々困るキリギリスくん。働いて地味にやってるアリさん。

後で困っているキリギリスくんは自業自得だと思うが、はて・・・働きづめのアリさんが美しいのか・・・と言われると疑問である。

適当なアリさん・・・てのが理想なのかも知れない(子供には悪影響)♪

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2007年10月 5日 (金)

久々のリペア

ボロっちいFGが転がってきた。

001_2 汚れまくったFG-75である。

リペア内容は・・・

①まず、全体の汚れ落とし

②中の汚れ落とし(ひどい!)

③ペグの修理(妙な液体が・・)

④ブレイシングの貼り付け

⑤側板の取り付け

⑥バインディングの修理

はっきり言って、ボロボロ。ダイナミックギターのボディーにとりあえず赤ラベル貼っておこかってな楽器ではあるが、このちっこいボディーで、鳴る鳴る♪おそらくサイド・バックはFG-110と同じ楓だと思いますが、110のようにトラ目が出ていない。さすが最廉価赤ラベル。

ロッドカバーもセルロイドのちゃっちいものなので、FGらしくアルミのロッドカバーに替えてやりました。ともかく、まずは「磨き」と「内部調査」・・・お~お~、トップのブレイシングに隙間があるわい(汗)これでこの鳴りか・・・。直ったらもっと鳴るかな?

ボディーの中はほこりや犬の毛(?)が多く、ラベルも見えないくらい。どこに保管すりゃこうなるんだろうか・・・。ぶつくさ言いながらオリジナル戦法で内部のホコリを取るり、ラベルの照りを出していく。おーおー、赤ラベルが見えたわい(写真は清掃後)。

指板もブリッジも、油分が抜けてカラッカラ。オイルを染み込ませて潤いを。

磨けば光るものだ。サラピンとは言えないけど、それなりに状態は戻った。あとは、ニカワでブレイシングを貼り付けるだけ。

いったい、どんな音がするんだろう。楽しみである。

在庫一覧(赤ラベル):

FG-180(’66)(’69)(’72)(’95)  The FGX  FG-140

FG-150(’66)(’69)  FG-110(’69)(’71)  FG-75

FG-350(’71)(’72)  FG-500(’71)(’71)  FG-230

FG-1500  FG-2000  FG-junior

いや~、引越しが面倒!! 

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2007年10月 4日 (木)

大阪に思う③

本日も大阪に行きました。3日連続ですな。

昨晩はいろいろ調べ物や履歴書記入で5時半まで起きてました。おかげで朝、10時まで爆睡。11時から待ち合わせの約束があったので近江八幡まで車を飛ばしました。

久々にパートさん2人とメシを食べならがプチ送別会?懐かしい顔と昔話を。楽しかったなぁ~、あの頃は。いい店長次長とパートさんに恵まれて。フレンドマートってところで過ごした4年半、本当に楽しかった(しゃれならん忙しかったが・・)。

終了後、滋賀のライブスポットをまわり宣伝活動。やばい、時間が・・・

午後5時半、急ぎ帰り新快速に飛び乗る。向かうは大阪、心斎橋。

001 心斎橋「セラー」へ。

滋賀で活躍していた「発子」「Yo-en」の両名の出演するライブを見に行く。

大阪でもまれている2人。発子ちゃんはもともと音楽に長けていたので安定している。Yo-enさんはまだまだ伸びまくりのミュージシャン。大阪でいろんなライブに出ているようで、演奏スタイルを見てたらグイっと前に出るスタイルに変貌していた(誰かさんみたいに客席に出ていく訳ではない)。

その他、いろんなミュージシャンに出会った。想像を超えるパフォーマンスの女性、私もビックリの芸人漫才的なライブをする2人組・・・恐るべし!!

まだまだ「座井観天」である私。大阪はミラクルボックスである。

独特の雰囲気の街「アメリカ村」。キレイなお姉さんとイカついお兄さんの溢れる街。帰り道、襲われるんちゃうかと思い小走りで帰った。まだまだ道に慣れてなく、行きはえらい遠回りしたし、帰りは最終電車めがけてバタバタした。

最終電車の中・・・

多くのサラリーマンが家路へ向かっている。こんな遅くまで・・・皆闘っているんだなぁ。私も1ヶ月前までは同じ状況だった。遠い昔のように感じた。

1人の女性が向かいに座っていた。コックリ、コックリzzzzz

カワイイ寝顔でウトウトしている。

・・・・・

「ただいま~」「お疲れ~、遅かったな。残業か?」「うん。は~疲れた」「そう思って、軽くて美味しい雑炊作っといたで」「ありがとう、わ~美味しそう♪」「まぁ、ゆっくり食べな」「ありがとう。ごめんな」「何がやねん?」「遅くなった時、いっつもご飯や洗濯しててくれるやん」「当たり前やん。それくらい。しんどい時はお互いさんやで。それが夫婦ってもんや」

甘~い!!

お昼、パートさんに言われた。「はよええ人見つけなよ~」

その女の子の寝顔を見ながら、一瞬にして妄想出来る自分のアホさに感動すると同時に、どこの店に言ってもパートさんに同じことを言われ続ける自分のめでたさにも感服するのであった。

その女の子に(心の中で)「おやすみ」と言いながら、草津のホームに降り立った。

何気なく、店の前を通りたくなった。そしてすぐ、嫌になった(笑)。

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2007年10月 3日 (水)

大阪に思う②

淀屋橋のマクド・・・行きつけのマクドですが・・・

そこで詞を書いてました。

神戸からの帰り道、ふと弦を買いに心斎橋へ向かいました。特に心斎橋じゃないと買えない弦ではないのですが、三条の店が今閉店しているために、やむなく心斎橋の店に向かいました。大阪を越えたところで思い出したので、新大阪で下車して地下鉄で戻りました。

001 地下鉄やのに地上走ってるやんけ!!と、南方らへんで思ってました。

しかし、人が多い。京都と比べ物にならんくらい人がいる。皆、どこへ向かうのか急ぎ足。

せっかちな街である。

心斎橋からうろうろと歩き、プチ冒険気分♪

大学生になって、初めて来た「大阪」。姫路のクソ田舎ものの私には、まさに異次元であった。怖くて大丸から出られなかったのを未だに覚えている。

そんな男が、今大阪を歩いている。

そんな男が、ライブを見にアメ村の地下ライブバーに足を運んでいる。

今だに私には異次元の街である。地図で見ると狭い街だが、それはもう・・・想像を絶する大きさとパワーを持っている。とうてい私では対処出来そうにないくらいのパワーを持っている。大阪を拠点に活動しているミュージシャンを見ていると、そのパワーと匂いを感じる。

もっといろんなところを歩いてみよう。

今この時間のあるときに、いろんな見聞を拡げよう。

退職して萎縮するどころか、逆にアクティブさに拍車がかかっている私。いけるとこまで、資金に限界が来るまでは飛ばしていきたい。

そして、大阪のディープな所も攻めてみたいものだ♪

淀屋橋のマクドで詞を書いている。大阪を歩き、京阪電車で帰るのが我がパターン。マクドは夜も混んでいる。思いつくだけの単語をひたすら並べる。横ではサラリーマンが何か読んでいる。近くではOL風のお姉さんが必死で書類を書いている。その横で1人のプータローが、何気に詞を書いている。

10年前の私がもしそこにいたならば、「大阪ってマクドでもみんな仕事しているんだ」と思うことであろう。詞を書いている私を見ても、きっとそう思っていたんだろう。

淀屋橋で詞を書く。

少し、大阪人になった気分の夜だった。

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2007年10月 2日 (火)

大阪に思う

昨日、大阪へ向かう用事があった。大阪市内は梅田や心斎橋ならそれなりに歩いたこともあるのだが、ミナミ以南は未開の地であった。

広報活動まで時間があったので(というほど私は仕事をしていない)、大阪各所を案内して頂いた。まるでワンダーランド・・・恐るべし大阪を目の当たりにした。京都とは全く違う、人間臭いところが随所に見られる。

スーパー玉出の環境問題を無視したようなネオンサイン

摩天楼のような大阪キタのビル群

ノスタルジックな路面電車

その中で・・・一番印象に残った街があった。知らぬ事実では無かったが。

001 西成の労働者の街を訪れた。

ニュースでは見ていた。その現実は見たことがなかった。多くの労働者の方がそこにいて、仕事を求め、一つの街を構成していた。

急に不安に襲われた。

私がそこに、そこで座っている・・・そう感じた。

無職であるという事実。そしてパンをかじりながらその場で座っている私がいるような気がした。

仕事したくても出来ない。稼ぎたいのに職がない。

まだ私はそんな心配する時ではないのだろうが、妙にリアルに感じた。その光景はブラウン管からでは分からない、物凄い異質な雰囲気を出していた。現場の空気を感じれば感じるほどに、己の恵まれた環境に違和感を感じざるを得ない。

また自分の道が少し見えなくなった。どう進むのがいいのか迷いが出た。

されど、いろいろな場所を歩くことでもっと考え方が拡がることにも気がついた。

10月に入りました。ミサイルさんの行く末はまだまだ見えてはきません。それでも、決して停滞することはありません。己の道は己で開拓せねばならない。その事実だけは変わらないのですから。泣いたりヘコんだり、わめいたり嘆いても事態が好転することはありません。ならば、毎日楽しく生きて、好きなギターを弾く・・・その方がいいですな。

人生ケセラセラ。人生が好転するタイミングはこの地球にも関係するのかも知れません。

地球も私の人生も、好転(公転)するのですから!! 

お粗末・・・・

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