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2007年9月30日 (日)

勘違いな人

ワイドショーを見ていた。某女優の傍若無人っぷりがスクープされていた。沢○○○カという女優である。私の嫌いなツンとしたタイプの女優である。歌もうまく、演技もいいらしいのだが、わがままっぷりが凄くて周りに迷惑かけまくっているらしいのだ。

勘違いしている人がいる。

されどそれは、人それぞれに判断基準が違うものである。「これくらい・・・」と思うか「これはもう・・・」と思うか。その微妙な違いが勘違いと言われるかどうかの境界である。

学生の若いミュージシャンが、会場作り・設営すら手伝わずにワイワイ話してギターを弾いている。何様やねん!と思った。「俺たちは出てやってるんだ」とばかりである。横ではPAの方や大人のミュージシャン、そして客である私も手伝って会場を作っているのに・・・。ただ、それも「ええやん。唄う側なんやし」と思う人もいるだろうし、「そりゃいかん」と思う人もいるだろう。ベテラン、そしてそれなりの実力の持ち主ならば、私はいいのだと思う。けど、やっぱり若手は自ら手伝うものだと思うのですが・・・。

人の話を聞く姿勢もそう。

私もよく、新入りのバイト君を叱った覚えがある。人の話を聞くときに他のことしながら話を聞くという姿勢・・・私はそれが許せない。人が必死で話ししているのに、携帯見ながら話を聞いたり、あくびをしたり・・・。話すこともアホくさくなる。

どうせこの、沢○○○カもそうなんだろう、と思ってしまう。一つの言動で全てが判断される「ハロー効果」である。でも、自業自得、仕方が無い。人の話もちゃんと聴けないものが、他が素晴らしいと言われてもどうしても否定してしまう。そんな人が「みんなCD買ってね~」「映画見てね~」と言っても、腹の内を深読みしてしまう。

かと言って、私がそんなら完璧か、と言われるとモチロン完璧ではない。

ワイドショーを見ていて、こうはならんとこう・・・反面教師みたく、そう思えた。この女優は、めっさ大物になるか、そのうち干されるかのどちらかであろう。せっかく才能があるのだから、干されることのないようになってもらいたいものだ。

そう、干される前に気づいてもらいたいものだ。

そう、干されるともう元には戻れないのだ。元の関係には戻れないのだ。

この女優がいい人になった時、応援することにしよう。それまで私は応援をしないつもりである。

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落語だけ?②

ライブ2DAYS目の29日。本日は「竹の音」でのライブ。

一昨日のライブより、また少し軌道修正をした。全部が中途半端になるくらいなら、どこかを特化させようと。演奏や歌に自信のない私がたどり着くところとしては・・・

「お客様に最大限楽しんで頂く」

そこしかない。ならばMCと落語である。こればっかに頼っててはアカンのやけどね。でも私のスタイルはそこにあるから、その部分を特化する必要がある。

多くのお客様がおいで下さいました。そのお客様にいかにして楽しんで帰って頂けるか・・・私の課題でございます。まだまだ解決は見えません。さらに練っていかねばと思いました。自分の練りの甘さが随所に見られました。

しかし、やるからには100%参加です。こちらの問題はお客様には全く関係がございません。お客様には「最大限の喜び」を提供する必要がございます。だからなんとか頑張りました。自分の出せるものは出したと思います。

しかし、ライブ終了後に向かった先の「虹色ライブショー」を見て、自分の練りの甘さが随所だけではないことに気が付きました。ゼロ戦を作って喜んだのもつかの間、敵にステルス爆撃機を見せられた気分です。

「川口剛生」「AKIRA」恐るべし2人のステージ。

己の努力の足りなさを感じざるを得ませんでした。勢いだけの私とは違う、勢いとパワーの効率的な攻めのライブ・・・勉強になりました。

吸収して、うまくパクっていく。そして自分のスタイルに引っ付けていく。

収穫の多い1日でした。また頑張ろう!!練習すっぞ、ハッ、やっぞ!!

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2007年9月28日 (金)

落語だけ?

昨日は、京都「和音堂」ライブでした。ご来場下さいました皆様、ありがとうございました。

タイバンの「奥村兄弟」「森永エイジ」のお二方(お三方?)、本当に素晴らしい!!すっかりまったり、お客様気分で楽しんでしまいました。こと、奥村兄弟・・・こりゃ凄い。きっと数年後には恐るべしユニットとして闊歩し始めているんだろうと思います。

ミサハマさん?

落語だけマシでした。唄については割愛します(涙)。されど、お客様になんとか楽しんで頂こうと最大限の頑張りは出しました。そこだけは妥協出来ませんから、がっつり前へ出ました。

フィニッシュホールドが決まってきました。それだけは実感し始めました。

落語に磨きをかけて、唄わないライブを目指します(笑)な~んて、ウソウソ。もっと頑張れるよう、努力するのみですな。

時間があり過ぎるとなかなか集中出来ない。小学生時代から直らないクセです。短期集中の性格であれば、もっといい学歴、いい会社に入れてたかも・・・

でもでもでもでも・・・そんなの関係ねぇ~。

今の自分が今の自分です。お客様に楽しんでもらえることが、私のライブの本意です。その部分さえ見誤なければ、きっとライブも楽しんで頂けると思います。それを目指すのが、今の私でございます。

明日(29日)は、滋賀「竹の音」でライブです。

ともかく、楽しんで頂くことだけに集中しましょう。無理せずに・・・♪

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2007年9月27日 (木)

母のショック

「就職したら、一生涯その仕事を貫くもんだ!!」母の自論であった。

親父も昔、よく「辞めるわ」と言ってたと聞く。でも親父は貫いた。

私は12年にして、職を変える決意をした。いろんな方面から再考を促された。しかし、転職に一番反対していたのは、当のオカンかも知れない。35歳という年齢、未婚という状況を考えると、そりゃそうかも知れない。

しかし、私の精神衛生上・・・続けることが出来なかった。オカンには悪いが、新たなチャレンジに向かうことにした。水面下でいろいろ見合い話しを段取りしていたオカンだったのだろう。昨日のメールで

「結婚話、ストップするわ」

この1行のメールはこたえた。

またまた心配かけてしまった。安心させるために実家に戻ろうとした私の気持ちと裏腹に、オカンにまた心配をかける始末となった。

しかし、我が人生。

なんとか心配かけないように、早く落ち着いて第2の人生を始めたいと思う。でも、もう私もいい大人である。絶対親にだけは心配と迷惑をかけないようにしなければ。だが、それだからといって自分を殺してまで生きていく訳にもいかない。

後数時間後に、ライブが始まる。「和音堂」にて。

いろんな思いを吹っ切るかのように、唄えればいいや♪

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2007年9月26日 (水)

四国グルメツアー 3日目

グルメツアーも最終日。いちおう、消化試合みたいなものだ。帰るだけやし・・

「水曜どうでしょう」でお馴染み。四国八十八箇所巡りのホットスポットである

001 45番札所 岩屋寺

岩に囲まれた秘境にあるこの寺。なんしか本殿まで遠いこと。おまけに岩の階段をめっさ登らないといけない。若干メタボな私ら2人には拷問であった。これは年配の方にはきついだろうなぁ・・。

ゼーゼーいって、やっと登りきりました。朝から汗だくですっ!!

バテた体にムチ打って、また山道を駆け抜ける。空気が澄んで、非常に気持ちいい。おまけに交通量も少なく、80km/h以上の巡航である。

キヨシ(相方)のオススメポイント「面河渓」に着く。

002 写っているかなぁ・・。

この青く澄んだ川水!!

マイナスイオンたっぷりの渓谷とこの青く澄んだ水。我々の濁った心も浄化されそうであった。

静かで、美しくて、癒される。四国にはこのような光景がたくさんある。大好きである。癒しのアイランド「四国」である。

そのままバイクは北上、一路本州を目指す。途中、石鎚山ドライブウェイを走ったが、まぁ高速コーナーがいっぱいあり、楽しかったってくらいだ。しかし、デカいバイクは巡航も100km/h近く、神経を使う。

いよいよ四国とお別れ。ありがとう四国!!

003 しまなみ街道

瀬戸大橋に続く、いらん橋第2弾(笑)確かに高い通行料。バイクで4000円弱だから、車は・・・。

交通量も少なく、きっと永遠の赤字であろう。しかし、景色はバツグンによかった。走っている分には楽しい。

途中、いろんな島を巡るこの橋。まさに「しまなみ」の字の如し。高速で走るもよし、ゆっくり景色を堪能するもよし。

途中のSAで「しまなみソフト」たるソフトクリームを食べた。青く、少し塩の味のするソフトクリーム。イマイチだった・・・今回の旅、ソフトクリームをいくつ食べたっけ!?

そりゃ、肥えるわ(笑)。

旅の途中の温泉で体重量れば、出発前より3kgも肥えていた。そりゃ、全然歩いてないもん。バイクだけが頑張っているからね(涙)。

尾道へ到着。キヨシのグルメスポット、尾道ラーメンの店に向かうが、午後3時近いのに大行列!!あっさり断念。おそらく当分こないであろう尾道とあっという間の別れに。

そこからはひたすら高速道路で帰る。本当は岡山まで下道で帰りたかったのだが、私の時間の都合で高速に。相方にはすまんことをしてしまった・・・。

姫路でキヨシと別れる。寂しいものだ。でも、こいつとまたテント張ってバカ話したいものだ。しばしの別れである。メット越しの彼の笑った顔が印象的であった。

そこから、怒涛の雨・・・(涙)おまけに大渋滞。宝塚まで20km・・・阪神高速25km・・・

結局、そこから下道で帰るはめに。国道2号線~171号線の旅。学生時代、250ccのバイクでひたすらこの道を帰っていた。10数年振りである。すっかり高速ばかりになった私であった。懐かしい気持ちがした。「そーやそーや、ここよく走ったわ~」と、メットの中で叫んだ。かすかにではあるが、曲がり道などよく覚えていた。西宮、池田・・・懐かしい道をずぶ濡れになりながら走った。不思議と気持ちよかった。

午後9時。無事到着。旅は終わった。しかし、私の旅はこれからだ。

ずぶ濡れになった相棒「ZZR-1100」よ、ありがとう。また整備してやるからな。

いろいろとスッキリした旅であった。相方キヨシには本当に感謝である。友人というものが、いかに大切かというのを再認識。それだけでも収穫である。

ありがとう、四国。

            完

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2007年9月25日 (火)

四国グルメツアー 2日目

グルメツアー2日目。天気はまずまずである。

高知方面へ向かう。山の中を駆け抜け「大歩危・小歩危」を目指す。

001 大歩危のPAで「祖谷そば」を頂く。

つなぎを使わないそばは、ボロボロと切れる食べにくいそばではあるが、生のとろろの美味しさを手伝い、美味♪

うどんよりそば好きの私には格別の朝ごはんであった。

名物らしいが、おそらく再びは食べないであろう・・・。やはり信州で食べたそばに勝てるそばはまだない。

再び走り出す。四国の道は空いていて気持ちよい。ワインディングを駆け抜け、山道をクリクリカーブしていく。バイク屋にとっては格好の道ばかりである。天気もいいし、気持ちがいい。

高知に入る。途中、ホームセンターでガス等キャンプ用品を買い足す。

002 おなじみ「桂浜」。何度目だ!?

太平洋の荒波を見ながら、岩場でバカ騒ぎする「もてないブラザース」。写真を撮ってたら、波しぶきにやられた。

明るい太平洋を見ながら、砂浜を歩く。いや~、カップルの多いこと。暑いのに皆ごくろうなこって・・・と思いながらも、少しはうらやましかったりして(笑)。

アイスクリンを食べそこねた。

そのまま北上。またまた山の中を駆け抜け、四国カルストへ向かった。四国はもう数回来ているが、こんなにゆっくり来たのは14年振りだろうか。まだまだ知らない土地も多い。

003 四国カルスト。

霧がブワーと谷から上がってくる。気温の違いもあるのだろう、真っ白になり視界不良になることも多かった。

いかにもカルストチックな風景が広がり、けっこういい景色。しかし、山道は狭くおまけに交通量も多い。事故に注意!!山の中は涼しくて気持ちがよかった。私にしては珍しく、写真をけっこう撮った(といっても5枚ほど)。

本日の宿泊は愛媛・松山から50kmほど離れた山中。キャンプ場はけっこうデカイところであったが、格安であった。近くには「水曜どうでしょう」でお馴染みの岩屋寺があり、温泉もある。「水曜どうでしょう」ではいろいろ話題になっていた岩屋寺。明日はここへ参ることにした。

今晩は「焼肉」「おでん」「炊き込みご飯」のメニュー。小雨がパラついていたので、施設の屋根の下で炊事をすることに。ウシャウシャ食べて、再び2人で語り合う。話題はけっこう社会派のネタであった。

私の使っているテントは大学2年の時に購入したもの。もう15年が経っている代物。しかし、不思議とこのテントで寝ると安心して眠れる。北海道で台風の風に吹かれてもへっちゃらだったこのテント。まだまだ現役である。寝袋なんて、小学5年から使っている、これまたビンテージ。25年戦士である。当時はデカ過ぎたこの寝袋は、オカンが「大きくなっても使えるほうがトク」ということで大人用を買ったのだ。高校の山岳部時代にも活躍したこの寝袋。この匂いで安心して眠れる。だから、アウトドアでも・・・

爆睡!!

キャンプの夜は早い。午後10時にはモゾモゾ寝袋に入る。朝は5時起床。健康的な時間が過ごせる。というか、これが人間として一番いい生活なのだろう。明るくなったら起きて、暗くなったら寝る。これが街の生活ではなかなか難しいものだ。

アウトドアはいろんなことを教えてくれる。だからまだ、やめられん(笑)。

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2007年9月24日 (月)

四国グルメツアー 1日目

9月22日~24日 退職記念ツーリング「もてないブラザース 四国グルメツアー」

高校時代からの親友「キヨシ」とともに、行き慣れた四国へ向かうことになった。今宵はまず、1日目(22日)を語りましょうかね。

午前10時。1時間遅刻の私・・・3連休ということで高速道路はババ混み。宝塚まで20キロ超の渋滞であった。集合場所の姫路西SAに着いた頃には、私は熱さでバテバテ。私のバイクは1100ccのため、エンジンの発熱も猛烈である。

一路、岡山を目指す。

001 最近凝っている・・・

「走りながらショット」(真似しないで下さい)

100km/hで走りながら、写真を撮りっこする35歳二人。非常に残念な画である。この道も慣れたものだ。岡山の宇野港でフェリーに乗る二人。おなじみ「宇高国道フェリー」である。

14時半、高松港に着く。私が四国で一番好きなのがこの「高松」である。都会と緑のバランスのよいこの街。この街見たさに四国に通っているのかも知れない。

フェリー内でキヨシ(相方)が入手したうどん屋情報をもとに、昼メシの・・・そう、今回のテーマの一つめである

さぬきうどん

を食しに向かうのである。いつもは私行き着けのうどん屋に行くのだか、今回は教えてもらったうどん屋に向かった。

003 注文してから生地を伸ばし、裁断!!おぉ~♪

まぁ、味はそれなりであった。思いいれの強いテーマなので、美味しいと思うかどうかは人それぞれ。でも、美味しかったです。揚げたてのアナゴの天ぷら等とセットで800円くらいやったかな。店員のお姉さんが美人だったので、それなりに満足♪またこよ。

1日目は高松から少し南下した「塩江温泉」近くのキャンプ場にテントを張り、道の駅に隣接する温泉で汗を流した。温泉というわりに塩素臭く、イマイチであった。近くにスーパーが1軒しかなく、名前が「スーパーバザール」って名前だったので笑えた。しかし、店主のおばちゃんの好意で香取線香を頂き、地方の方の暖かさをまた感じるところであった。

夕食は「焼肉」「焼きそば」「コンソメ水餃子」と、見事なまでの

炭水化物攻め

ワイワイと調理し、真っ暗闇のキャンプサイトでキャッキャキャッキャと騒ぎながら食べた。その後、恒例の「語らいタイム」♪

002 この「キヨシ」という男。

ナナハンのバイクにまたがっても、そのバイクが250ccにしか見えないくらいの、ガッチリ系の巨漢である。

真っ暗闇のキャンプサイトで、パンツ1丁で話せるのは彼だけである。バカ話から、真面目な政治の話まで・・・語らいは数時間に渡り続くのだ。

午後10時半、消灯。当たりは文字通り、真っ暗となった。虫の声と蚊の飛ぶ音だけが聞こえる夜であった。

(続く)

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2007年9月21日 (金)

一般人の生活

001 ZZR-1100がやっと完成!!

カウル割れや欠損部品をパテで作り直し、オイル量も点検したし、各パーツの増し締めも完了。やはり、組みあがった時の喜びはひとしお♪チェーンにオイルを塗り、明日の出発を待つ。

久しぶりにテントを張る旅。「初心に戻れ」と言わんばかりの親友の言葉。すっかり「宿」という甘ちゃんライダーの私に喝を入れてくれたんだろう。感謝!!キャンプ用品を入れるケースの中に、ゴキちゃんが大繁殖していて、開けるやいなや、大騒動であった(汗)。

夜、ハックルベリーに向かった。タさきさんからライブのお誘い。

そういや、タさきさんのライブは全てハックルベリーやった気がする。そして今日は、かねてよりお会いしたかった「川口剛生」さんも対バンであった。おぉ、あれがかのJ-50なのね・・・と思いながら、久しぶりにオーラの感じられる歌うたいさんに会った気がした。

タさきさん・・・本日もあのハックルの高い天井に届く、透き通った声でした!!

川口さん・・・ツボでした。速攻で好きになりました。いや、声とギターがドンピシャ!!

ライブスケジュールをもらいました。やはり土・日・祝

一般の人は行けるライブです。サービス・流通業ではなかなか行きにくいライブです。私が大学時代にこんなライブ観戦にハマっていたら、絶対流通業には入ってなかったと思います。大事なことを気づかせてくれたのはやはりライブでした。「正月は家族でおせち」という、日本古来の風習も、忘れかけていました。

35歳にして気づく、ごく一般的なこと。

まだ、取り戻せます!!

明日からしばし、湯治の旅に出ます。2日ほど、この「まいにちのうた」はお休みします。「ミサハマの日記が見てぇよ」というコアなファンの方は、どうぞmixiに参加して下さい(笑)。私、毎日2本掲載してます。気分だけ売れっ子ライターです。

002 ハックルベリー・・・

堅田店で働いている時はずっと

ヘヴィメタの集会所

そう思ってました(反省)。

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宇治が一番!!

「まいにちのうた」20日特別編!!

20日、FM宇治の社員メンバーが私のために集まってくれました。私のため・・・というか、オープンメンバー大集合が本質でございます。いや、嬉しい!!

思い起こせば2年半前の2月。何も知らないおばさんお姉さん達が集まりました。皆不安の中でのスタートでした。よく叱りました。でも食らいついてきてくれました。それを束ねる社員も大変でした。皆30連勤くらいの過酷な勤務でした。でもいいメンバーといい上司だったので楽しかったです。

毎日楽しかった・・・この仕事を12年していて感じたことなかったです。宇治にいた2年間、本当に仕事が楽しかったです。

現場の声を大事にしてくれる店長、うまくムードを整えてくれる次長、暴れん坊ながら熱さNo.1の精肉、いぶし銀でリーダー的存在の鮮魚、店長が褒める知識の持ち主青果、優しさと正確さを大事にする日配、いろいろ悩みを聞いてくれた惣菜、とにかくムードメーカーの鮮魚(若)、長い付き合いでよく助けてくれた青果(若)、いろいろほんまに手伝ってくれた精肉(新)、今評判がいいと聞きます鮮魚(新)、こちらも長いつきあいの惣菜(新)・・・。

この宇治「藤田体制」が私の最高の思い出です。これ以上の思い出はないと思います。新しい店をイチから作っていったという思い入れもありますが、やはり最高です。それに多くのパート、アルバイトさんも私の最高の思い出です。何度もこのブログで書いておりますが、宇治の加工食のパートさんは、私が出会ってきたパートさんの中では、最強最高の人材でした。この人達がいたからこそ楽しくやれたのだと思います。

最後の挨拶の時、メンバーの顔を見て・・・泣きそうでした。

このメンバーを見ると、辞めたことを後悔してしまいます。

みんな、ほんまにごめん!!

パートさんのこと思い出すと、やはり辞めたことを後悔してしまいます。

みんな、ほんまにごめん!!

あの店長、次長のコンビを見ると、やっぱり辞めたことを後悔してしまいます。

いっぱい、本当にごめんなさい。

このメンバーが集まる時、パートさん達が集まる時・・・私も混ぜてもらえたら嬉しい。私はこの宇治の思い出を、宇治のメンバーを死ぬまで忘れないと思います。そして、何かあったら速攻駆けつけることでしょう。

ありがとう、FM宇治。感謝しきれません。

それだけに、これからの第二の人生・・・頑張らないと!!

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2007年9月20日 (木)

ライブ告知と旅仕度

昨日に引き続き、本日も夕刻よりバイクの整備。風が強い日のオイル交換は自殺行為ものである。オイルはカストロールを入れる。バイク屋よりホームセンターのがいろいろと揃うものだ。コーナンで一式揃えて、いざ交換♪

カワサキらしい・・・

「ビスの穴がうまく一致しない」

カワサキのバイクに乗った人ならきっと経験しているだろう。以前乗っていた「GPZ750R」というバイクはその典型。全然穴の位置が合わないのだ。ホンダのバイクにはなかったこの工作精度。これがまぁ、カワサキの味であるが(笑)。

あさってから3日間、ツアーに出る。久しぶりの友人との旅だ。今回の旅は思いも今までとは違う。いろいろと整理するにピッタリの旅だ。その旅の連れはやはり姫路の親友。こいつといかねば誰と行く!ってくらいの親友。彼と話すると何故かホッとするのだ。

帰ったらまた、大忙し。引越しの準備やなんやで大忙し。そして・・・

ライブが2本ある。

9月27日(木)京都「和音堂」19:30~  奥村兄弟・森永エイジさんとの3タイバン。

9月29日(土)滋賀「竹の音」15:00~  会場にトイレがありません。ごめんなさい。

今ある意味「ハジけたライブ」が出来ていると思います(笑)。

名付けて「カルピスソーダツアー2007」

さて、本日も送別会。ありがたいが、申し訳ない気持ちが勝る・・・

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2007年9月19日 (水)

修理屋ミサハマ

いろんな企業から案内が来る。もちろん「残念ながら・・・」の案内も来る。されど、急いで職を探している訳でもなく、自分の希望に合うところがあれば転職しようと思っている。けっこう会社案内と全然違う待遇の会社が多いから。もちろん、前職も・・・(笑)。

私の最大の条件は「休み」である。土・日・盆・正月。この休みさえカッチリしていれば、休みにしっかりリペア修行に携われる。もち、ライブ観戦も楽しめる♪

なかなかおません、35歳にそんな高待遇・・・。

さて・・・

近づく旅に向けて、いっちょバイクを点検することに。基本メンテは自分で出来る。けっこう私、分解や整備が好きなのだろう。な~んの苦にもならない。

001 ZZR-1100のカウルをひっぺがす。

得意のオイル交換とラジエター周りの点検。以前同じエンジンの「GPZ」というバイクに乗っていたのも手伝って、サクサクと作業を進める。

しかし・・・ゴツいバイクはカウル外すのも

面倒!!

しかし、カウル取らないとオイルすら交換出来ない。250ccのモトクロなんて、まぁカンタンなのになぁ。オイルも4Lと乗用車並だ。そりゃ、140馬力もあるエンジンやから仕方ないのだが・・・。

自分でメンテするのは楽しいし、責任感がある。壊れても自己責任やしね♪

本日、ネットで大量の象牙の切れ端と牛骨材を発注した。今月中にハンディーサンダーを購入予定。「柾目ウッドメーカー」にてもう少し修行して、自分だけでやってみようと考えた。

分解したり、リペアしている間は「無」になれるからいい。

何かに一生懸命になるってことが、本当に好きな私である。これを職業に活かせたらなぁ~、とつくづく思う今日この頃であります。

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2007年9月18日 (火)

ミサハマ180

CMでお馴染み「リクネク」で転職先をマシンガン攻撃。数件の企業に履歴書メールを送る。時代だなぁ・・・全てネット、ネット・・・。しかし全てにおいて

「~35歳位迄」という制限付き(涙)。年齢制限だけは、熱意ではかわせない。

うーむ・・・まだまだ若いもんには負けないんじゃがのぅ・・・。

001 1966年製の「FG-180」

もう41歳である。でも当時の価格の7~8倍の価値である。このライトグリーンのFGもめっきり見なくなった。

ギターは歳を重ねる毎に深みを増す。

人間はどうだろう?

体力は衰えるが、深みはどんどん増していく。しかしそれが企業の採用のものさしには決してなっていない。

経験よりパワーなのであろうか?

同じ給料なら、その辺の若いもんにはまだまだ負けない人もいるだろうに。なかなかうまくいかない世の中である。職人の世界だけは、正当評価なのかも知れない。

時期総理には、「天下り」をぜひ撲滅してもらいたいものだ。

さて、このライトグリーンFG-180。かなり久しぶりにケースから出した。数日前はめっきり音もこもっていたが、外気にさらして弾いてやったおかげか、深い鳴りを取り戻した。いい味のあるFGの音だ。赤ラベルの180とは違う、深い音だ。

ミサハマ180も、この鳴りを取り戻さねば・・・!!ミサハマ7で収まっている場合ではない。

パンパン届く「今回は貴意に沿うことが出来ませんでした」の返答メール。

いずれ私に合った職とギターと彼女と巡りあうのだろう、と今日もお気楽なミサハマさん。とても職にあぶれた35歳とは思えぬこののん気さ♪

まぁ、これが本来の私なのだろう。「ノックは無用」に出演したら・・・

「のん気さん、ど~ぞ~」

と横山ノックに呼ばれていたんだろう(古ぅ~)。だって、考えてても仕方ないからさ。

世の中、なんとかなるものよ・・・と、自分で自分に言い聞かす。内心はビビリである(笑)

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2007年9月17日 (月)

どうなる!?ミサハマ

うむむむむ・・・

自分が見えなくなってきたぞ!!

「何をしたいのか?」「何が目標なのか?」「どう生きたいのか?」

こんがらがってきた。

はよ就職せなあかんのか?いや自分で築いていかないとあかんのか?

うむむむむ・・・。難しい。悩めるミサハマ。

悩むもまた、人生かな。こんなド真剣に悩むのは人生初めてか。

ド真剣に悩んでいるが、前向き。だから夜は爆睡(笑)。考えてても仕方ない。とにかく食べて、寝て、エネルギーだけは蓄積しておかないと。

35歳転職活動、転「人生」活動。頑張ってます♪

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2007年9月15日 (土)

退社の真実

初めて(でもない)、本格的に退社理由を書きます。

姫路に帰って親孝行・・・それが全てです。オカン一人残しての滋賀暮らしは、今後のことを考えるとやはり思い募るものがあります。

それとやはり、風通しの悪くなった会社にも意見がありました。大きくなることはいいことです。会社の繁栄が社員の生活を楽にしてくれますから。されど・・・。

昨日、宇治で送別会があったのですが・・・あまりの現場の声の無視っぷりに憤りを感じ、ここに書くことにしました。

「作業改善」という悪策が、今会社を取り巻いております。

どっかのコンサルの先生が編み出した、「作業改善」と言う名の

人員削減策

でございます。「作業のスピードがあがって、よけいな作業しなくて済むよ」と言っております。これは「よけいな残業せんと帰れ」という意味です。会社がラクに仕事出来るように考えてくれるわけがありません。いかに「人を減らすか」だけを考えております。

利益ばかり追いかけ、お客様を無視したこの会社。確かに、作業改善にいいところもあります。取り入れたい部分は往々にしてあります。

されど、えらいさんの顔色ばかり見て、お客様の顔を見ないこの会社。

かなりえらいさんが臨店します。店のえらいさんは必死に売場を繕います。臨店される前だけ売場に出てくるえらいさん。かなりえらいさんに怒られないよう、私らを怒るえらいさん。

そんなえらいさんが発する目標「お客様満足度100%」

まちゃまちゃなら・・・「はぁ~?」って言っていると思います。満足されていないから、減益になるんちゃうんけ!と思いました。その減益の責任は、全て現場である売場のせいにされます。

そんな「作業改善」という名の悪策が、私の大切なパートさん達を追い込んでおります。ただでさえしんどい業種なのに、これでさらにしんどくなります。そんな会社に、新しくパートさんが入ってくるでしょうか?「うちにおいでよ♪」と薦められるでしょうか?

楽しく働ける環境を・・・とばかりに、宇治では頑張りました。始めの頃こそ「どつくぞ」「殺すぞ」の罵詈雑言の数々でしたが、1年後・・・皆恐ろしいくらいに成長しました。12年間での、最も優秀なパートさん達との出会いでした。

私が去った後・・・早々に貴重な2名の戦力が退社されたそうです。私のショックは計り知れないものでした。契約時間短縮、他部門への転籍・・・あらゆる手段を講じて人員削減を図る会社。私が必死こいて育て上げた2名の戦士が、退社しました。私は退社「させられた」と捉えます。

その話を聞いてから、私の退職への意識は猛烈に高まりました。人員を大切にしない会社に、何の繁栄があろうかと思いました。

ここまで人材を大切にしない会社に、不信どころか、愛想が尽きました。せっかく育てた人材を、いともあっさり削減しようとする会社、そして本部のえらいさん。現場を知らないものが会議室でいろいろ決めても、どないしようもないのです。

野球で言うなら、全員スタメンでした。2軍の選手などいません。4番がゴロゴロしている、超エリート球団でした。されど、今年2月に監督が変わって、選手は急にトレードされたり解雇されたり・・・。戦えるわけがないです。

こんなカンタンなことにすら気づかない、本部のえらいさんに愛想がつきました。

そしてそれを、そっくりそのまま現場に下ろす、前職場の直属に愛想が尽きました。

「次の職は?」「結婚は?」「年収は?」「もったいない」・・・いろんな声がありました。しかし、私はこんなえらいさんしかいない会社に愛想が尽きました。確かに尊敬に値する上司もおられます。しかし、その人達すら惑わせてしまいそうなえらいさんのバカっぷりに、私は何の未練も感じませんでした。

同時に、そんなえらいさんに戦いを挑んでも、足元にも及ばない己の無力さにも愛想が尽きました。結局、壁にはなれませんでした。強烈なスパイクが飛んできても、ブロックしきれませんでした。私はうまいこと言って「逃げた」のかも知れません。最後まで壁になってあげればいいのですが、残念かな私も、精神的に持ちませんでした。

守ってあげられなくて、ごめんなさい。

今の私が、パートさんに言えるのはそれだけです。

だからこそ、前頁のブログにも書きましたが・・・いつの日か、私が稼ぐようになったら、宇治のパートさんにたらふくご馳走してやろうと決意しました。せめてもの「ごめんなさい」の気持ちを胸に、私はこれから頑張って生きます。

何年後か、何十年後か分かりませんが、きっとみんなを集めて・・・きっと実現させてやる!!待っていてくれ!!

親孝行出来て、風通しのよい会社を姫路で探します!!

収入とかではない、何か私を押すものがありました。会社の規模でない、何か私を引き寄せるものがありました。きっといい会社があるはずです。あと25年働く会社です・・・オカンに何かあってもすぐに助けることの出来る兵庫で、会社一丸となって進んでいける会社に、私は挑戦したいと思います。

姫路に帰って、もう一度スタートを切ります!!

ミサハマ、行きま~す!!(アムロ風)

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2007年9月14日 (金)

有給休暇ってもの

午前9時、起床。おもむろにテレビのスイッチを入れる。

午前11時、天気予報を見てギターのチューニングをする。

午後0時。「笑っていいとも」を見ながらひたすら3フィンガーの練習。

午後1時。朝昼兼用の食事をこさえる。

午後2時。またまたギター。

午後4時。ネットを検索しまくる。海外市場の調査。

午後5時。ここからひたすらテレビ見まくり。

午後7時。普通に晩ご飯をこさえる。

午後10時。ネット内を彷徨う。

午後11時。日記とmixiの更新。

午前1時。就寝。

・・・・・数日前までこんな暮らし。それで入る給料。それが「有給休暇」。

あきません。こんな生活。私は耐えられません。

というわけで、来週からリペア道具の購入に走ります。実践あるのみ!!

今夜は前にいた店の送別会。

半年しか離れていないのに、とても懐かしい感じであった。店の状況は私が居た頃と大きく変わっているようで、口々に不満をこぼしていた。私がいても、何ともなってなかったかも知れないが、この人達のためなら、私はもっと必死になれたのかも知れない。もっと守れたかも知れない。退職者を減らせたかも知れない。驕りかも知れないが、もっと上にたてついてなんとかしたかも知れない。

会社に対しては何の心残りもないが、この人達ともう一度仕事をしたかった・・・これが私の心残りかも知れない。この人達だけでない。今まで一緒に闘ってきたメンバー・パートさん達みんなともう一度仕事がしたかった。これが私の心残りである。

酒をガバガバ飲み、ゲラゲラ笑う皆を見て・・・改めて寂しさが増した。

いつか、このメンバーに恩返しが出来るよう、私なりに何かを成し遂げようと決めた。

このメンバーを、私は生涯忘れない。私の大事な「人生」の生き証人であるこのメンバーを、私は生涯忘れない。何かあれば、私はいつでも駆けつけるつもりだ。

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2007年9月13日 (木)

大友康平の言葉

「夢でメシは食えない」

昔、大友康平(元:ハウンドドッグ)が言った言葉だ(文庫より抜粋)。レコードが売れなく、どうしようか・・・でも自分達でもっとやってみたいとメンバー達が言った時の言葉らしい。いかにも現実を捉えた言葉だ。その昔大友自身は、自分の家庭に起こった金を巡る出来事からそう思うようになったのだろう。

多くのアマチュアミュージシャンが、その問題と闘っているのだろう。ミュージシャンだけではない、多くの夢を追いかける人々がそう思っているのだろう。

いろいろと夢に向けて考え始めた私。その時にやはりその言葉がアタマを過ぎります。

おそらく親は「サラリーマンして、普通に稼いで家庭もって・・・」と言うでしょう。ギター屋するっていったら「儲かるわけないやん」と言うでしょう。それは、食べられなくなって悲惨な生活をする子供を見たくない・・という、ありがたい親心なんだと思います。

だから、うわっついた意思だけでは説得出来ません。今、私の思いを表現出来るだけの材料を集めています。親に計画書を出し、なんとか納得してもらえるよう考えてます。

私は長男で、一族の跡取りです。代々の墓を守っていかなくてはなりません。私の代で一族を絶えさせる訳にもいきません。子供作って、守っていかなくてはならないのです。だからこそ、あらゆる方向で進路を考えなければなりません。かと言って、自分を殺してあと20年働いて、何が残るのでしょうか?疲れきった私が残るだけな気がします。

今週末、実家に帰ります。その時には答えが出ると思います。

しかし、せっかく描いた「夢」は、どんなカタチにせよ、大事にしていきたいと思います。専門学校に行きながら弟子入りするも手。働きながらスキル伸ばして、いずれ実行も手。アルバイトしながら弟子入りするも手。我流で進んで行くのも手。

方法はいろいろあります。一番あかんのが「諦める」ってこと。大友康平は諦めなかった。ミサイル濱野も諦めない。

くじけそうになったら、この歌を唄ってます。ハウンドドッグ「アンビシャス」♪

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2007年9月12日 (水)

ミサハマ首相

本日、速報が踊った。

「安倍首相、辞意を表明!!」記者会見を聞いていた。

結局、いっぱいいっぱいになって、やること中途半端に辞職のようだ。体も壊しておられるそうな。周りは不祥事だらけ、自分は経験不足で限界に・・・。

思わず今の自分とオーバーラップさせてしまった。

「ミサハマ主任、辞意を表明!!」記者会見などなかった。

結局、いっぱいいっぱいになって、やること中途半端に辞職のようだ。腰もイワしているそうな。会社はタダ働きだらけ、自分は知識不足で限界に・・・。

同じような気持ちだ。私は安倍さんが「逃げた!!」と思った。同時に自分も「逃げた!!」と思った。やり切れない自分に嫌気がさしたのかどうかは知らないが、結局やり切れずに撤退。困難を死ぬ気では乗り越えなかった。

私に趣味がなかったら、少なかったらおそらく仕事は続けているだろう。なまじっか、多趣味のために、それに費やす時間が確保出来ない仕事だったから辞めた。でも、私は現状の仕事より「興味」というベクトルにパワーを注ぎたくなったのだ。お金より心のゆとり・・・そう考えた私は少し、安直だったのかも知れないが。体壊してタダ働きして、休みも仕事に追われる・・・そんなすさんだ生活から逃げたかったのかも知れない。

「逃亡者」から「挑戦者」

001 今だに逃亡者クセは直らない。

これからの生活への不安。自分をどう固定するのか・・・考えていると昨晩、寝られなかった。

最初の2時間だけ・・・あとは爆睡

とにかく「動こう」と、バイクを走らせて中古楽器を物色しに行く。バイクは轟音とともにリサイクルショップへ向かう。

英語も勉強しようかと思っている。

とにかく、今は

金が無い(涙)

じっと我慢の子である。今はとにかくライブの練習とネタ作り。そう、前に進む方法はいくらでもあるのだ。金が入ったら、いよいよ始動である。

安倍さんの退陣劇で、いろいろ考えさせられた。

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2007年9月11日 (火)

黙念師容

本日から本腰入れて引越しの準備。半年しか住んでいないので、今までよりも荷物の増え方は少ない(ギターは着実に増えている・・・)。せっせとゴミを捨て、片付けるがオカンほどツボをついた片付けが出来ぬまま、飽きてしまう。

部屋でダラダラ過ごすのはダメだ。自己啓発しなければ!!

車を飛ばして、一路向日市へ向かう。「柾目ウッドメーカー」へと向かった。

今日は来客が多かった。その中にリサイクルショップの方がおられた。販売するギターを調整・修理するために来ておられるらしい。その方が持ってくるヤマハ、ヤマハ!!嬉しそうに見てしまう。そして思わずありったけのFG知識をさらけ出す。以外に好評であった。うーむ、私でも役に立つこともあるんだな・・・と(涙)。あまりいきってはいけない・・・そう反省もした。私は店員ではないのだから。

FG-500Jのナット・サドルを牛骨に変えるいつもの作業。清田氏に・・・

やってみるかっ!!

と言われ、いきなり電動ヤスリでナット・サドルを削り出す私。レクチャーしてもらいながらのアップアップの作業。緊張が走る。削りすぎないようにすれば全然削れてなかったり、少し溝が深かったり・・・溝も深いが、奥も深い!!

仕事の手を休めてのレクチャーだったので、非常にご迷惑をかけたと思う。しかし丁寧に教えて頂いた。知らぬ間に時間は過ぎていた。夢中であった・・・。

001 なんとか出来た。自分でやった・・・とは言えないものの、初めて自分がヤスリをかけ、削り、調整したナット・サドル仕様となったFG-500J。

音を出す。ブーンとこもる低音の中に軽い感じの高音が入り、非常にマイルドな響きとなった♪

よーく考えたら、自分のギター。別に失敗してもどうってことはなかったのだ。緊張し過ぎた。でも、作業ってものはこれくらいの緊張感があった方がいい。

ブリッジピンの穴んこも少し拡げた。今まで数十本の作業を見ていたおかげで、なんとか出来たのかも知れない。

「黙念師容」

技を見て習得するってことである。うまくは出来ないが、なんとか出来たのもそのおかげか!?ともかく、夢中に楽しかった。

この楽しさを「やりがい」に変えられるのか?

私の中で、何か選択肢が絞られた気がした。そして、全ての面接をキャンセルした。

それは、どういう答えなのか。それが答えなのか・・・まだ分からない。しかし、私の未来のヴィジョンの中に少しであるが、答えが見えたのかも知れない。

夜、初めて清田さんとメシを食べに行った。師匠とメシを食っている・・・そんな気がした。私の中の「柾目ウッドメーカー」が、より大切なものに感じられた瞬間であった。

まだまだ修行せねばならない。ギターも、FGも、そして自分自身も。まだまだ甘い。こんな根性でサラリーマンに戻っても、答えは明らかである。

師匠は生チューを美味しそうに飲んでいた(笑)

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2007年9月10日 (月)

処分するもの、しないもの

000 市役所へバイクを走らせる。

このバイクも、金喰い虫だ。ガソリン代、維持費、税金、車検・・・なんやかんやで金がいる。

これから迫り来る極貧生活で、こいつを維持していくのは至難の業である。しかし、自分の楽しみを切り詰めて、はたして自分を貫きとおせるのだろうか?

自問自答の日々は続く。

・・・ん?

「自問自答」と「守護地頭」は似ているなぁ・・・と、しょーもないことを浮かべる余裕があるうちは、私も大丈夫だ♪

処分というか、切り詰められるものを羅列してみた。

①まず外食費・・・毎日つつましく米とレトルト、100円のカット野菜で生きれば、月々30000円かかっていた食費は、まず半分に出来るなぁ。

②休日のスパワールド・・・まずやめよう。墨染の銭湯で我慢、我慢・・・。

③とにかく家でじっとしていよう・・・時間あれば公園でギター弾いてりゃうまくなる(はず)。ふらふら出歩くから、金がかかる。

④弦を大事にしよう・・・ギターの維持費もなるだけ絞って・・・と。

年金・住民税・健康保険・家賃・光熱費・・・なんやかんやで、毎月10万以上飛ぶ。これだけで年間120万。貯金があるから2年くらいはバイトなしでも食っていけるが、そうも言ってられない。早く自分の行き方を見つけなくては・・・。

アメリカのネットを見る練習をしています。英語勉強しとけばよかった・・・(涙)香港や中国のヤフーも見る練習しています。中国語はまだ、それなりに分かる(気が・・・)。いずれ来るであろう夢の実現への1ステップとして。

あらゆる選択肢を今持っている。ただ、それをずっと持っているわけにはいかない。少なくとも2月までには、第二の人生の道筋を見つけねば。

ギターは結局、処分出来なかった。私にとって、今あるギターは知識である。また、売り物等は別に考えていこう。今日もFGを弾く。こんなにゆっくり、生き方を考える時間などなかった。追われる毎日、追いかけてくる仕事。今は「追う」立場。全く見解が違っている。

古い考え方の人達をどう説得するか・・・これからのカギになりそうだ。

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2007年9月 9日 (日)

ファンレター

昨日のことでした。

一通のメールが来ました。手紙ではなくメールってところが時代ですな。

私のブログ「まいにちのうた」のヘヴィー愛読者(?)様からでした。ありがたい励ましの言葉を頂戴しました。そして、本人さんもギターを始められたとのこと。まだだいぶ先とは思いますが、老人ホームで演奏するのが夢みたいな事をおっしゃられておりました。

私のつたないブログで、いろいろと感じられる方がおられる。それを励みに自分も頑張る・・・そう言って頂けるだけでこの「まいにちのうた」を書いていてよかったと思いました。

毎日多くの方にご愛読頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。何度も止めようか・・・と思った時もございます。その際にも多くの方より叱咤激励を頂戴しました。実のところ、退職を決意してからこっち、恨み節が多くなってきたので少し休もうかとも思っておりました。しかし、こうやって1通でも「楽しみにしている」とおっしゃって頂けるこの「まいにちうた」を、そうカンタンに止めるわけにはいかない、と思いました(恨み節は控えます)。

ファンレター・・・顔の見えない方からこそ、嬉しいものです♪もちろん、顔の見える方からのも嬉しいですが、全国・・・いや世界中で見て頂いていると考えると・・・。サブイボが出ますなぁ(笑)。

嬉しいものです。こんなもっさい私でも、誰かに喜んでもらえるものが書けるということ。

「まいにちのうたは、普通のおっさんの、飾り気のない目線からの独り言」

それくらいに感じて頂けましたら幸いです。これからもご愛読お願いします。なるだけ毎日更新いたしますので、ご意見ご感想、もちろん叱咤もお待ちしております。

頑張ろうという気持ちがさらに高まった、1通のファンレターでした♪

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2007年9月 8日 (土)

趣味と実益

001 またまた入荷しました(汗)何本目だ!?

FG-500J(’74)

トップ:スプルース単板

サイドバック:コーラルローズ合板

ブリッジ・指板:エボニー

ネック:アフリカンマホガニー

恐ろしい木目の「コーラルローズ」一歩間違えばハカランダのような材である。かつて、この「コーラルローズ」も、ニューハカランダとして呼ばれたことがあるそうな。

以前所有していた「L-15」のハカランダ材・・・同じ木目であるし、材の縞も同じような感じだ。ひょっとして、L-15のハカランダって・・・(!!)と思ってしまった。ハカランダらしからぬ木目で気に入らず手放したL-15であったが、まさか・・・。

オレンジ油たっぷり塗って、お馴染みの「天日乾燥」。これでこもった湿気を完全シャットアウト!!管理された天日干しは有効手段である。やりすぎると一発反りであるが(汗)。その間にペグを新品同様に磨き倒す。「ミサハマギター」入荷後のステップ1である。

「ミサハマギター」計画

いろいろ考えるうちに、おぼろげに見えてきた。おそらく、サラリーマンに戻ってもずっと同じジレンマを抱えながら生きなければならないんだろう。それならば・・・

「自分の力で稼ぐ」「自分の得意分野を活かす」「自分の力に賭けてみる」それもまた、いいんじゃないか、と。

でも、いろいろ考える。「生活出来るんかなぁ。」「将来どうなるんかなぁ。」そう考えると、趣味で置いておいた方がいい気もする。

いろいろ考えている毎日。まさに「まいにちのうた」。専門学校の資料を入手した。資格の教材集も閲覧した。

おそらく、もうサラリーマンには戻れない。かといって、ミュージシャンで生きていけるわけもない。しかし、自分を殺さず楽しく生きていきたい。

幸いかな、大型2種という免許を持っていた私。2年くらいチョンボこいても、なんとかなるかな・・・と。2年チョンボこいてもまだ38歳。老いるにはまだまだの歳だ。

遠くアメリカで、夢に向かっている人と出会った。夢に向けて、海外で単身奮闘している。その方の勇気とパワーに圧倒される。

安定した毎日を、しんどい現実を代償に得るべきなのか。

不安定ながら、生きていることを実感出来るほうがいいのか。

苦悩は続く。でも、そんなに苦しくない。むしろ楽しい。今は「追われる」身ではないから。むしろ「追いかける」立場であるから。仕事に追われた毎日に比べれば、今は本当に「追う」立場でいられる。

おっと・・・ギターを裏返してこなければ(慌)。

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同僚

7日。同僚が送別会を開いてくれた at 近江八幡。

心知れた7名で、串を食べまくった。しゃべりまくった。横に若い女の子がいるにも関わらず、エロ話も大声でした。

いろいろ世話になった同僚。彼らとの別れが一番つらい。まぁ、別れといってもまた連絡取るとは思いますが(笑)。大事にしたいです。

昼間は人生について考えてました。

私はこれからどうするのか、どうなるのか・・・いろいろ考えました。

でも、今はまだ考えを固めることはないと思い、笑ってました♪

仕事離れてまだ2日。それでも確実に増える「体重」。過酷な仕事だったんだなぁ・・・と改めて思います。明日から運動しないと!!

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2007年9月 6日 (木)

はじめのいっぽ

9月5日(水)   いつもと変わらず出社。いつもと変わらぬ仕事。いつもと変わらぬ私。

せっせと売場を立て直す。これと言って何をする訳でもないが、自分の中ではホントに不思議なくらい、冷静であった。ホント、いつもと変わらない。

午後6時をまわる。軽く挨拶まわりをする。本当に近しい方々だけであったが、挨拶まわりをする。私が辞めるのを知らない人もおそらくいるだろう。支配人は最後までお気遣い、穏やかに「頑張って!」と。この方には改めて、ちゃんと御礼をしなければ・・・。

午後7時15分。草津駅東口。

FG-180をかかえた汗にまみれた35歳のサラリーマンは、アミノサプリをがぶりと飲んで「さぁ、お立会い!!35歳にしてプータロー。人生の転機を迎えた一人のサラリーマンが歌いますっ!!」残念そうな仲間の視線と、これまた残念そうな一般人の視線を浴びながら、ミサイル濱野は歌いました。念願の「草津駅前路上」敢行です。

①応援歌 ②プラット・ホーム ③はじめのいっぽ

どれも、近江八幡駅で歌い倒した歌ばかりです。あの頃の気持ちに戻ろうと思い、チョイスしました。草津駅口に私の声が響きます。以外と響きます。近くで演奏していた民族楽器のプレイヤーが気を利かせてその間だけ、演奏をとめてくれてました。感謝!!

いろんな思いが過ぎっていました。12年と言ってしまえば短いですが、私は非常に長い道のりだと思いました。いろいろありました。楽しいこと、苦しいこと、辛いこと・・・さまざまな思いとこれからの未来を感じながら歌ってました。

休めない会社になりましたが、この会社は私にいろいろなことを教えてくれました。そしてなにより、いろんな所に転勤させてくれたおかげで多くの仲間が出来、その中でギターという、人生を大きく変えるものに出会う機会もくれました。中でも加賀と宇治という、全く新しい店を作っていく機会、そしてそこでメンバーを育てたという経験は、私の人生の中でも大きな自慢となりました。

最後の店のパートさん、アルバイト君たちと深夜まで酒を飲んでました。

送別会6戦6敗の私が、今回は泣きませんでした。笑って出ました。路上をやったからというのもありましたが、終始笑っておりました。皆、笑っておりました。いいパートさん、いいバイト君に囲まれ、私は嬉しい気持ちで最後の時を迎えてました。

9月6日(木)

私はもう、「主任」ではありません。

この「まいにちのうた」をご覧の関係者様、もう私を「主任」と呼ばないで下さい。11月1日まで、ただの社員です。気軽に「浜ちゃん」と呼んでくだされば結構です。

かつて、堅田で・・加賀で・・そう呼ばれたように。

私は退職することで、スタートに戻りました。まさに「はじめのいっぽ」です。草津駅で3番目に歌った「はじめのいっぽ」・・・今日は特別な気持ちで歌いました。

明日のことばかり考えて 自分を見失っている

上っ面だけ周りに合わせて 奇麗事を並べるだけ

やりたいこと いっぱいあるのに 自分で自分を見失っていく

知らないうちに安定志向 戦うことを忘れてゆく

まっすぐに伸びた 線路の上だけガタガタ進む

たまには 寄り道しても いいんじゃないか?そこから何かが見えることもある

Wow 誰もが立てるはずさ スタートライン 思い切り走ってみようよ 

太陽は明日も昇る

12年間という時間よ、12年間に出会った人々よ、ありがとう。退職は、こんな気分なんだということを経験させてくれたのも、結局この会社だった。いろいろ教えてくれたわが社よ、ありがとう。

感謝!!

酒呑みながらも、歌唄いながらも、アタマの中にはこの音楽が流れていました。

木村三郎「バラ色トンネル」

Kimusabu 喜びと哀しみ

入り口と出口

・・・・・

今の私はどこだ。入り口か、出口か!?

そんなことはどうでもいい。

私の目の前には「未来」しかないのだから。

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2007年9月 4日 (火)

五条ブランコ

本日は面接でした。西宮まで行きました。姫路からは通えんなぁ・・・。

とにかく話を聞きました。採用されるかどうかは微妙(おそらく無理)ですが、業界の話をいろいろ聞けたのが収穫でした。

若い会社だけに、「休めない」を連呼していたのが気になります・・・。

まぁ、条件が合わないなら仕方が無いことです。私もそれなりの覚悟で就職活動しているのですから、妥協はしておりません。やり続けているうちに「天の声」が聞こえるものと考えております。

帰り道に海を眺めました。

001 久しぶりに瀬戸内海を見ました。

明るいです。やはり生まれ育った瀬戸内海はいいです。温暖な冬を思い出します。

いろんな思いをめぐらせながら、ボケーっと海を見ていました。明日はどこへ行くのか、一人旅。スーツを着てせっせと動き回る私。

これでいいのだろうか?

少し休んでもいいんじゃないか?

ゆっくり考えてもいいんじゃないか?

ウロウロうろついてました。梅田の駅で携帯が鳴る。宇治のパートさんから電話。懐かしいその声に力を頂きました。感謝!!

夜まではしばしの仮住まいを探しに不動産屋を巡る。いろいろ物件を巡る。

夜・・・友人たちとメシを食べ、木屋町を下る。途中、五条大橋の近くに公園を発見!!35歳のおっさん、ブランコを必死で乗る!!

ブランコに乗りながら、ボケーっと空を見る、鴨川を見る。

時間って、こんなにゆっくり流れていたんだ。今までの自分が、あまりに慌しく動いていたんだなぁ~と。

少し立ち止まってみるのも、就職活動かも知れないと思いました。

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2007年9月 3日 (月)

身辺整理

ガサゴソとかばんの中、棚を身辺整理する。いろんな書類が出てきた。どれもこれも、いつもらったか分からない書類ばかり。こりゃかばん、重いはずだよ(汗)。

宇治の時のシフト表が出てきた。懐かしい名前に涙。

宇治店を出て半年。あれほどいい人材が集まった店でも、私が異動してからすでに2人退社したらしい。会社の合理化が原因であろうと思う。必要ない人なら削減してもいいだろう。でも、私が育てた人達に必要ない人などいない。

パートさんから合理化を進める会社に不満のメールをもらったことがある。当然だ!!なぜそんなにカンタンに合理化を進めてしまうのか・・・。会社への不信はそこから始まっていた。宇治を出て、すぐに変わってしまった宇治を見て、私は退社を考え始めていた。

社員を大事に出来ない会社など、絶対に成長しない!!

私は自分の選択が間違いでないことを改めて確信している。

宇治の時の名刺も出てきた。

そのシフトと名刺は、私の宝である。そっとかばんにしまった。

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2007年9月 2日 (日)

変わらぬ日常

本日、部門のパートさんより餞別を頂いた。即、お返ししようとした。頂くほど何もしてあげられなかったし、自分の都合で辞めるのだから頂く資格はないと言って返そうとした。しかし、気持ちだと言われて押し込まれ、頂戴する結果となった。

私はこっそり出て行きたかった。上司が嬉しそうに言いふらしたためにすぐにバレる結果となったのだが(いや、ホントに嬉しそうに)、本当は辞める数日前にバレて、あれよあれよという間に去るのが美学と考えていた。

私の中では、起きる→嫌々出社→楽しく仕事→汗まみれ→疲れて帰る

この日常は変わらない。事務所や店内でも、私が退社することなど知らない人ばかりで、なんら今までと変わらない。

そう、会社にいるかいないかだけであり、特に日常ってものは変わらない。転職なんてそんなもんなんだろうか?新しい職場に就いた時、初めて変化する日常を味わうのだろうか?

部屋には3本のギターが転がっている。これも変わらぬ日常。

夜にはパソコンに向かい「まいにちのうた」を執筆する。これも変わらぬ日常。

明日も仕事。これも変わらぬ日常。

転職という大波は、まだ私を揺さぶるにまで達していないようだ。ゆーても、ミサイル濱野という人間が大きく変わらない以上、変化もくそもないのだが・・・(笑)。

変えたい現実。変わらない日常。変えたくないミサハマ・スタイル。

そんな思いで、新曲を執筆し始めた。ルンルン♪

002

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2007年9月 1日 (土)

草津旅情(路上)

5日の日に、部門で送別会をしてくれるそうです。

こんなつまらん男がつまらん理由で辞めるのに、送別も何もない・・・そう思っているのですが。申し訳ない気持ちでいっぱいです。たった半年、何もしてあげれなかったパートさん達も来てくれはるそうで・・・。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

会社のことはボロクソ書いている私ですが、同僚やパートさん達は大好きです。堅田・加賀・愛知川・亀岡・八幡上田・宇治・そして草津・・・8店舗100人を超す同僚・パートさんアルバイトさんと知り合いました。どの人も私にとって、思い出いっぱいです。こと、加賀と宇治の同僚・パートさんへの思いは強く、私の人生で最高の出会いだと思っております。

5日は最後の仕事です。早めに仕事を切り上げて送別会に向かうのですが、しばしの間だけ、草津駅で歌おうかと企んでおります(予定)。

5日で、12年間のスーパーマン生活が終わります。最後の日くらいは笑って終わりたい!!そう思いまして企てました。

そのうち、私がいたことは社内では風化していきます。

でも、私の心にはずっと12年間の思い出は残ります。

そんな思いで、「はじめのいっぽ」を草津駅で歌いたいと思います。

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