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2006年3月25日 (土)

エリートじゃなくても

03251 FGといえば、俗に言えば「庶民のギター」である。マーティンやギブソンに比べても、どうしても「廉価版」ってイメージである。このFGも、ギブソンのJ-160Eのパクリってイメージなものである。

フル合板、ウレタン塗装で音もこもりがち。ギブソンのようにジャキーンと鳴る訳でもなく、マーティンのように鈴鳴りでもない。ボワーンと響くその音に、私は非常に癒される。

こういった「庶民にも手が届くギター」が、時代を作っていったのである。1ドルは300円以上した当時、ギブソンやマーティンなど、ごく一部の人しか手に入れられなかったはずだ。

最近テレビでやたら「予備校」のCMを見る。東大・京大・阪大・・・まるでそこに行かないといけないようなフレコミである。私自身も就職活動の時に嫌ってほど、学歴社会の壁を感じた。

いい大学を出る=いい就職先に就く=人間として素晴らしい

そんな図式を思わせるCMである。ましてやこの時期にCMするってことは、落ちたものよ、いらっしゃいって感じの営業根性バリバリである。受験に失敗し、失意のうちにあのCM見たら、気を悪くするのではないかと思う。落ちたものを勧誘するそのCMに。

よく勉強して、いい学校出て、いい就職先に就くってのはそれぞれの努力の賜物であるので、否定はしない。ただ、それが「エリート」ではないって事だけ。本当のエリートは、人の心を持った人。機械の心ではダメなのである。ホリエモンは東大に入った。結局「金で全てのものが手に入る」というバカな発言をするまでに墜落した。京産大というアホ大出の私でさえ、そんな発言はしない。

エリートに憧れるのはいいことだ。されど、人の心の分かるエリートになってほしい。PSE法をコロっと覆す官僚のアホさを見て、そう思った。

東大出てアホな発言するくらいなら、京産出てアホなボケをかます方がステキだ。ホリエモンと原田伸郎と比べても、はるかに「ノブリン」の方が魅力的。

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